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かっこよく見えた瞬間

 高校生初日は恙無く過ぎて行った。


 中学が同じだった子が多かったからかクラスにも顔見知りが多く、更に今まで一番仲が良かった紗彩さん(ちゃんではない、さんだ)とも席が近かったのは幸運だった。この子は和服が似合う大和撫子で非常におっとりとした性格なので、私がちょっと変な行動をとったところでにこっと微笑みながらスルーしてくれる。



「それでは紗彩さん、ごきげんよう」



 これなら高校も困らずに生活できそうだと安心しながら、私は紗彩さんに別れの挨拶をする。彼女もいつも通り穏やかに言葉を返し、迎えの車に乗り込んだ。


 さて、私も透哉が来るのを待つかと紗彩さんを見送ってくるりと踵を返す。

 しかし振り向いたすぐ先に真顔の透哉が立っていたことに驚き、私は飛び上がらんばかりにびくりと体を揺らした。



「うわあっ!」

「お嬢様、お迎えに上がりました」



 幸い周囲に誰もいなかったのでよかったが、そうでなければ私の学校でのイメージが壊れるところだった。絶対に驚かせるために背後に立ったのだろうと彼を睨みつけるが、透哉はまるで私の視線など気付いていないかのように綺麗に受け流し、「こちらです」と車まで連れて行く。



 不貞腐れながら車に乗り込むと、透哉はようやく被っていた猫を取り「さっきの驚いた顔、面白かったぞ」とにやりと唇の端を釣り上げた。



「ほんっとうに性格悪いわね、あんた」

「それにしても、ごきげんようって。分かってたけど本当にお嬢様なんだよなあ……」



 昔は大口開けてお好み焼きにかぶりついてたのになー、とやけに感慨深そうに溜息を吐かれた。私だって溜息吐きたい。記憶が戻ってから、未だにお嬢様という身分と自分がなかなかイコールにならないのだから。









 この時はまだよかったのだが、透哉と接していくうちに徐々に自分のお嬢様の仮面が剥がれそうになることが増えた。護衛であり外に出る時は学校内以外は常に一緒にいるのだ、つい前世のノリで接してしまい、彼がいない時でも素の態度が表に出そうになってしまう。それを見て璃乃姉様は「恋をして変わったのね」と未だに間違った解釈をしている。



 さらに言えば、透哉が護衛についてから自由に外出することが出来る様になった。勿論彼が一緒ならという条件だが、それをいいことに今まで行けなかった庶民的なショッピングセンターや遊園地などに好きに出掛けてしまったことも、仮面が取れそうになっている理由の一因である。


 それでもずっと行ってみたかった場所に通えるようになったことは嬉しかった。こういう時、他の人じゃなくて透哉が護衛でよかったなと感じる。





 今日も学校帰りに一か月前に出来たばかりのショッピングモールへ寄ってもらった。別に無駄な買い物をしているわけではないのだが、ただ冷やかしに見て回るだけでも楽しいし、買い食いなんて普段できるわけもないのでついつい目移りしてしまう。「太るぞ」とデリカシーの無いことを言う護衛はスルーだ。


 ワッフルコーンのアイスクリームを買った所で呆れたような目で私を見ていた透哉がはっと表情を引き締める。マナーモードだったのか着信音は聞こえなかったがどうやら電話が掛かってきたらしい。ポケットから携帯を取り出し画面を見ると、透哉は顔をしかめた。



「仕事の?」

「ああ、お前はここに居ろ。絶対に動くんじゃないぞ」



 彼はそう言いながら、私を人通りが多い通路に設置されている椅子に座らせる。そして両肩に手を置くと、まるで小さな子供に言い聞かせるように同じ高さで目を合わせた。



「いいか、知らない人間にほいほい着いて行かない。食べ物で釣られても駄目だからな」

「いや、あんた私のこと何歳だと思ってるの? 子供じゃないんだから」

「俺からしたら、今のお前は十分子供だよ。……すぐ戻るから」



 透哉は立ち上がると何度もこちらを振り返りながらその場を離れた。早く出ないと電話も切れるだろうにそれを気にした様子もなかった。




 彼の姿が人混みに消えたのを見送ると、私はアイスクリームを舐めながら「心配しすぎ」と小さく独り言を呟いた。護衛なのだから職業柄仕方がないかもしれないが、白昼堂々こんな沢山の人が行き交う場所で一体何を心配しているんだろうか。


 あいつからすれば、今の私はそんなに頼りなく見えるのか。確かに私はまだ高校生になったばかりの小娘で、対して透哉はすでに社会人でしっかりと自立している。

 前は同い年だったのに、随分年が離れてしまった。なんだか悔しいような寂しいような、私だけが取り残されたような空虚を憶える。




「暗い顔しちゃってどうしたの? 彼氏に振られた?」



 俯いていた私にそんな声が掛かったのは数分経ってアイスを食べ終えた時だった。やけに近くから聞こえた言葉に驚いて顔を上げると、その声の主らしき男が隣の椅子に腰掛ける所だった。



「え?」

「暇ならこんな所に座ってないで俺と楽しい所いかない?」



 誰だ、こんな人知り合いだったっけ。と一瞬考えたが、すぐにその思考を打ち消す。こんな見た目も言葉も軽い男と知り合いだったらすぐに分かる。


 こ、これは、所謂ナンパというやつなのではないか!? と前世を含め初めてエンカウントした状況にどきどきと心拍数が上がった。別にこの男についてどうこう思った訳ではないが、こんな私にも声を掛けてくれる人がいるなんて、と少しだけ嬉しくなったのは事実だった。



 しかし透哉との約束を破る訳にはいかない。私は断ろうと口を開くが、それを見透かしたようなタイミングで先んじてナンパ男が話し始めてしまった。



「さっき一緒にいた男のこと気にしてるのか? そんなに時間も取らないし大丈夫、大丈夫」

「ん?」



 一緒にいた男って、透哉と居た時に見られていたのか?



「それ、あのお嬢様学校の制服だよなあ。今から行くところ、有名な絵画や美術品もいっぱいあるんだ。きっと君も気に入るよ」

「え、あの、ちょっと……!」

「いいからいいから」



 よくない! これナンパじゃないやつだ!

 軽いナンパだと勘違いし油断していた私をいとも容易く立たせた男は、ぐいぐいと強引に私の腕を引き歩き出してしまう。制止するように声を上げてもやんわりと受け流されてしまい、周囲も特に気にすることなく私達から目を離す。


 モールの入り口まで辿り着いて、どうしようどうしようと内心大混乱していた私は、不意に肩に置かれた手に気付いてようやく我に返った。




「お嬢様に、何か」



 その声にようやく腕を引っ張る男の足が止まる。透哉だ、と安堵して私は肩から腕を辿って彼を見上げ、そして硬直した。小さく悲鳴も上げそうだった。


 透哉は私の肩に置いた手とは反対の手は見るからに強く男の腕を握り潰さんばかりに掴み、口だけは笑みを浮かべていたものの目は恐ろしく冷たく男を睨み付けている。視線を受けたのが自分ではないと分かっていても恐ろしかった。二十年は一緒に居た前世でもこんな表情は見たことがない。


 無論直接その視線に晒された男は怯えるように私から即座に腕を放した。透哉も男から手を放し、私を隠すように自分の後ろへ誘導する。



「それで? お嬢様に一体何の御用が」

「い、いえ……何も」

「何も? 用もなくこんな所まで連れて来たというんですか?」

「……透哉、それくらいにした方が」



 畳み掛けるように威圧して男を追い詰める透哉に流石に男が可哀想になって声を掛ける。そうして一瞬透哉がこちらに気を取られた瞬間、男は素早く踵を返して無駄の無い動きで逃げる。引き際は心得ているらしかった。


 それに気付いた透哉は軽く舌打ちし、そして「今日はもう帰ります」とまだ半分も見回っていないのに駐車場へと歩き出してしまう。



「あ、透哉……」

「話すなら車で」

「……はい」



 有無を言わせない声色でそう言われ、私は先ほどの男ではないが従わざるを得なかった。

 バタン、と運転席の扉が閉められると、透哉はこちらに聞かせるかのように大きく息を吐く。



「動くな、と言ったよな」

「言われました……」

「……はあ」



 言い訳をする気力もなく素直にそう言うと、彼は言葉を返すこともなく車を発進させた。




「まったく、お前をナンパするやつなんていないと思ってたのが間違いだった」

「あ、実はナンパじゃ……」

「無理やり連れて行かれそうになって怖かっただろ。一人にして悪かった」



 先ほどとは対照的にやけに優しく気遣われてしまった。車内の空気的に、どうにもあれは本当はキャッチセールスですと非常に言い辛い。

 私は悩んだ挙句、とりあえず真偽は置いておきお礼を言うことにした。



「透哉、助けてくれてありがとう。ちょっと怖かったけどかっこよかったよ」



 とにかく私のピンチに颯爽と現れて助けてくれたのは事実で、嬉しかった。


 そう言いながら前の座席へと乗り出すようにして透哉を見ると、彼は少し驚いたように目を瞬かせた後、にやりと笑った。




「ヒーローみたいだったか?」

「はいはい。ヒーローさん、ありがとう」





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