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運命的な?出会い 2

 俺、ここで何やってんだろ?

 俺のアパートの6畳がキッチンスペースに入りそうな部屋だった。カウンターを挟んだリビングに、もう一つ扉が有るのは寝室だろう。家具も小奇麗な感じで品よくまとまっている。ローテーブルに山積みになった新聞紙とファッション誌が全部きっちり揃えられていて、多少散らかって生活感はあるけど、荒れた感じのない部屋だった。

 っていうか女の人の部屋なんて入ったの初めてだよな。写真とか飾ってるし。なんかカーテンもおしゃれだし。

「アイスコーヒー飲む?」

 何事もなかったかのように言われて

「あ、はい。」

と、素直に返事をした。

 手渡されたのは、小学生が体験コーナーで作ったみたいな焼き物のマグカップ。形も色も微妙だった。

 キッチンカウンターに凭れて立つ女の人の手には、でっぷりした女の人が赤いドレスとハートのステッキを持って全く可愛くないタッチで描かれた大きめのマグカップ。何だったけあれ?としばらく考えて思い当たる。あー、あれか?アリスのハートの女王か。

 この女、部屋の趣味の割に、カップの趣味だけ悪くね?


「今日、バイトは?」

「クビになって……。」

「それでヤケになってたと?」

 改めて言われると急に身も蓋も無くなって、カップの中を見つめる。黒い水面に覇気のない顔が映った。

 俺、こんな情けない顔してたのか。

 水面の色を差し引いても、顔色が悪いのが分かるし、記憶にある自分の顔よりもやつれていた。

「ってか清沢さん、いくつなの?」

「22ですけど……。」

 目がギンッ。ひっ、今の目、ヤバい。

「何それ、十違うじゃん。私小学四年の時に生まれた訳?二十歳の時半分?」

 女の人は、ぶつぶつとカップの中に向かってつぶやく。十、違うってことは、今32か。なんだよ、結構、見た目若いと思ったのに。

「ばばあじゃん。」

 なぜ!!なぜ自分、そこだけ声に出した!!その前を言え!!

「ああ??そのばばあに発情して盛ったのはどこのガキだああ??」

 このばばあ、口悪いぞ。

「お姉さまと呼べ。それが嫌ならお嬢様。」

「申し訳ありませんでした、お姉さま。」

 動物の本能で今、反論してはいけないと分かった。

「だいたいさあ!!!!」

 急に据わった目で睨まれて、背筋を伸ばす。このソファー、柔らかすぎて反って腰が辛いっす。

「なんで、あんなことしたわけえ?いくらヤケになってたからって。」

……言えない。

「その割に、ビビりまくってさあ!!?」

……絶対、言えない。


「はああ!?死のうと思ったけど死ぬ前に童貞捨てたかったあ!!?店の人相手じゃ馬鹿にされそうだし、失敗しても刑務所行けば生活なんとかなるし、最悪死ぬつもりだから襲ったあ!???」

 言ってしまった……。

「あんた、ばっからないのぉ!?」

 馬鹿だってのは分かってます。だけどさ、なんか、呂律回ってないんだけど、このばばあ。

 マグカップの中味を煽り、だんっとテーブルに叩きつけると、俺をびしっと指差す。

「だいたい、あんたいくつよ!!?」

「だから、にじゅうに……「あまーーーーい!!!!!」

 バンッとテーブルを叩き、目の前に仁王立ちされる。

 あれ?このばばあ、酔っ払ってないか?

 自分にコーヒー出されたから、当然もう一つのマグカップにもコーヒーが入ってると思…500のビール缶置いてあるし!!!え?あのマグカップ500入るの?ってか、今の間に一気に飲んだ訳?

 なんて思っていたら、ばばあとか言いつつ32には見えない顔が目の前にあって、胸倉を掴まれる。俺が着てるのは、その辺のファストファッションの店で買ったTシャツと、同じくその店で買ったGパン。目の前のお姉様は素材からして高そうなシャツときっと10倍くらい高いジーンズのスカート。

 あ、あのシャツうっかり破らなくて良かった。絶対、高い。

「あ、あの、襟が、伸びちゃう……。」

「22で死のうとか何様よ!!!こっちは30も過ぎて売れ残ってるover30なの!おー、ばー、さー!!おー、ばー、さん!」

 あ、ちょっと上手いこと言うじゃん。なんて言えるわけもなく。

「えっと、あの。」

「え?今時30で独り身なんていくらでもいるって?ええ!いますよ、そりゃ!!でも、どーせ、陰で売れ残りのばばあって言われてんの!!可愛げがないって?可愛げしかない30過ぎのばばあなんて、ただの頭弱いアホな女でしょ!!一人で食ってんだから、多少可愛げがなくたってしょうがないでしょ!!」

 なんか、ちょっと話の流れが変な方向に……いや、今のうるんだ目をしてる姿はそこそこに可愛げが有ると思いますよ。

 だから、おねがい、離してちょーだい……。


と、また、据わった目つきになった。

 あ、なんか今すぐこの場から逃げないとヤバイ気がする。気、じゃない。絶対、ヤバイ。


 チッ、チッ、チッ、チッ。そこのおしゃれな腕時計の秒針!!うるさい!


「脱げ。」

「へっ?」


 チッ、チッ、チッ。


「脱げって言ってんの!!」


 いや、ちょ、ちょ、ちょっと待った。

「そこでみっともなく縮こまってる筆を下ろしてやろうつってんの!!早く脱げ!」

 ひいいい、俺の貞操の危機!!!奪われるぅ!!!!




 う、

 奪われちゃった……。



 チュン、チュン。

 新しい朝が来た、希望の朝……だったら良かったんだけどな。

 人間の体って良く出来てるよ。襲われても何でも、致しちゃうんだから。嫌よ嫌よも何とやら、ってあれ嘘だわ。しかも、あんなにコンプレックスあったのに、やってみたら案外こんなもんなんかって程度。まあ、気持ちよかったけど。

 罪悪感と後悔の念が竜巻になって襲いかかって来て、HPのバーを赤く点滅させながらだだ減りさせてる。むしろ、MP(Mental Point)か?


 頭を抱えていたら人の気配を感じて、扉を見れると昨日の女がすんげぇ気まずそうにこっちを見ている。

 あなただけじゃなくて、俺も気まずいです。

 ノースリーブのゆるっとした紺色のワンピースを着て、前髪をピンで留めていた。案外、すっぴんのほうが幼くなって見えて可愛いかも。

「あの……。」

 目が合った、と思った瞬間。

「大っっ変、申し訳ありませんでした!!!!」

 土下座、された。



 朝起きたら、飲んだまま寝たせいで喉が痛い。ついでに、メイクしたままのせいで、目が痛い。

 ああ、もう若くないのに、一番マズいことをやってしまった。目元を揉もうとして手を動かそうとした時に、右手にしびれを感じた。


!!!!!?

誰これ!!?


 となったのは一瞬のこと。下戸ではないけどザルでもない私は、記憶が無くなるまで飲めない。つまり、昨晩のことを一言一句思い出してしまった。

「うわぁ。何やってんだ。」

 とりあえず、シャワー浴びて、着替えて。しびれた右腕をそっと抜く。

 まだ朝日が昇る前の部屋は薄暗い。ちょっとだけ唇を突き出すようにしている寝顔が可愛らしくて思わずくすりと笑ってしまった。が、目が覚めてくると同時に、頭も冴えてきて、自分がしでかしたことに頭が痛くなる。

 断じて二日酔いではない。病は気からって言うしね。


 心機一転とかいってはしゃいでたけど、やっぱりそれなりに凹んでたんだなあ。

 いつも傍らに居てくれた訳ではないけど、やっぱり誰かが居てくれた場所がぽっかりと開くというのは寂しいものだ。人の温もりが恋しいのは人のさがだと思うから。


 いや、しんみりしてる場合じゃない。

 コーヒーを淹れながら、何て言うか考える。

 何て言うも何も、謝るだけなんだけど。

 寝室を覗くと、この前までは彼が居た場所に見慣れない若い男の子が居てすごく不思議な感じだった。既視感の中の違和感。


と、清沢さんが目を覚まして、見慣れない部屋に一瞬戸惑った後、こちらを見て目が合った。

 もう、これはあれだ。

  The Japanese Traditional Style!ハラキリ!

「大っっ変、申し訳ありませんでした!!!!」

ではなくジャンピング土下座の後、しばらくの沈黙。

 ハラキリは無理なのでこれで勘弁してほしい。

「え、えと、いや、あの。」

ってかこの子、ほんとよくどもるよなあ。さてはコミュ障だな?

「俺こそすみませんでした!あんな真似して。」

「こちらこそ無理矢理襲って。どうしよう、男を強姦しても犯罪なるんだっけ?」

「は、犯罪とかそんなつもり……」

「本当に申し訳ないです。」

「だから、あの、俺こそ……。」

 小一時間、シーソーみたいにお互い頭を下げ合っていた。

「あの、ところで、名前教えてもらえません?」

 名乗っていないと気がついたのは、清沢さんが帰る時のことだった。

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