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彼女のプロフィール 1

 中学生とか高校生の頃は、大人になったら素敵な恋が出来ると思ってた。ブランド店でショッピングした後に夜景がきれいなレストランでディナーを楽しむ。もちろん、彼氏は優しくてカッコよくて、それからスマートにエスコートなんかもしてくれて。たまには、ドライブデートしたり、泊りがけで旅行したりして。


 社会人になりたての頃は、そんな彼氏もいた。でも、思ってたより大人ってお金を持ってないと知ったのもこの頃。あと、昔は大人だと思ってた年でも、同世代の男の子はちょっと子供っぽいってことも。

 レストランに行ってもメニューの中身が分からなかったり、扉を押さえてくれることも無かったり。もちろん、階段で手を貸してくれたりもしないし、道路側をさりげなく歩くことも無く。そう言う事を嫌味なく出来るのは、もうちょっと大人な男の人で、その中でもさらに一部の人だって知った。

 

 どうしても人肌が恋しい時、独りでは耐えられない時、誰かに縋りたい時ってのはあるものだ。

 一部の人達は、そういう不安がっている感情をうまく察してくれる。でも、そういう人の薬指にはほぼ100%指輪が光ってた。それに、一部の人の中でも、本当にいい男ってのは、他の女に手を出したりしない。

 分かってた。

 分かっていても、どうしようもない時に、つい縋ってしまった。


 つまり。

 性質の悪い男を捕まえたのだ。

 どうせ、築き上げた家庭を捨ててまで私のことを愛してくれるつもりなんてないのに。風の気まぐれでたまたま一度地面に降りただけのタンポポの種はどうせまた風が靡けば飛んでいく。

 分かっているけど、優しさとか、頼りがいとか、そういうものに魅かれてしまったのだ。


「ああ、福田。これ、頼んだ。」

「はい。」

 渡された書類には小さな青い付箋と、幅が広いピンクの付箋。ピンクだけを剥がすと、不自然にならないように、でも周りの人には見えないように隠して目を通す。

『金曜20時~ Ristorante xxxxx』

 この前、行ってみたいと私が言ったイタリアンレストランだ。ちょっと漏らしただけのことを覚えていてくれるのが嬉しい。こういうマメさがモテる秘訣なんだろうな。

 だけど、じんわりと喜びが広がるのと同時に、どこかでじんわりと広がっていく痛みは一体何だろう。

 ボールペンで試し書きをするみたいに、ぐるぐると付箋の文字を消した。不要な書類の間に挟んで、シュレッダーにかける。バリバリと音を立てて飲み込まれて行く紙の束。明日の約束が書かれた付箋は、書類の間に隠されて人目に付かない機械の奥で、それとは分からないようにバラバラになっていく。

 所詮、こうやって隠さなきゃいけない関係だ。

 こちらからは連絡しないで、向こうから渡されるメモにだけ従って。バレないようにメールは仕事の内容だけ。メッセージも電話もしない。

 

 都合のいい女になってるっていう自覚はある。



「そんなの分からないほど、小娘じゃないし。ってかアラサーだし。しかも、aroundじゃなくて、overだっちゅーの!」

 こんなネタを口走る時点で年増です、って言いふらしてるようなものだよね。

 帰宅する電車の中で見ていたSNSで真っ先に表示されたのは、先日結婚式を欠席した大学時代の友人いや知人の写真。「お色直し4回もしちゃった♪」だってさ。するのは良いけどさ、わざわざ自分でいう必要ある?っていうか、例え若くて可愛い花嫁だって、4回もお色直し見る頃には招待客も疲れてるわ。

 他に表示されるのは友人達の子どもの写真ばかり。

 結婚報告ラッシュでダメージを受けていた29、30の自分を笑ってやりたい気分だった。まだまだ試練が待ち構えてるぞ、って。あと10年もしたら今度は孫が産まれました、なんて聞かされるんだろうか。

 メッセージアプリのアイコンなんて、みんなが自分の子供の写真使うもんだから、まるで私の友達は幼児ばかりに見える。

「ってか、よく自分の子どもの顔、ネットに晒せるよね。その神経がわかんないわ。」

 毒づいた言葉すらも空しい。

 住宅街に響くパンプスの音が平和な家庭の夜を邪魔してるみたいで、ザマ見ろと思うのと同時に、家族で夜を過ごす人と深夜になって独りで家路を歩く自分との差になんだか悔しくなった。



 そんな居た堪れない気分のまま帰宅し、ダイレクトメールと広告ばかりのポストを漁ると、満期通知のハガキ。使う予定が全く立っていないけど、結婚資金として貯め続けていた定期預金だ。

 部屋の電気も点けず、カーテンを開けたままの窓から入る光で、それを開く。

「お色直し、4回どころか10回は余裕じゃない。」

 はっ、と鼻で笑ってしまった。

 そう思ったのと同時になんだか全てがアホらしくなった。

 フ○ラのバッグが腕から滑って、柔らかさと色にこだわって選んだウールのラグの上に静かに落ちた。視界をふさぐ前髪を掻き上げると、ティファニ○のピアスに指が当たる。結い上げていた髪をほどけば朝につけたヴェ○サーチの香水のラストノートが漂ってきた。

「ははは。」

 冷蔵庫の音しかしない部屋に、乾いた笑い声が響く。


「ばっかみたい。」


 ブランドのバッグだって、ドレスだって、アクセサリーだって、心地よい部屋だって。全部自分で手に入れられるのに。

 何を求めてたんだ、私。

 手に入れられないモノに、手に入れていた物を求めてたなんて。


「ほんと、ばっかみたい。」

 我慢していたつもりはなかったけど、涙が頬を伝っていたのを認識した瞬間、泣くのですら堪えていたのだと気が付いた。独りでみっともなく泣いた。熱いシャワーでごまかして泣いた。

 ほんと、馬鹿だ。

 泣きたい時に抱きしめてくれる人を求めてたのに、ずっと泣くのを我慢してたんだってこの時に初めて気が付いたんだから。

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