ティファ=ーで脅迫を
「この度は、晴斗が本当にお世話になりまして。」
色々すっ飛ばして晴斗君の両親に挨拶したのは、晴斗君の骨折が完治した頃だった。
だって、まさか怪我したこと両親に伝えてなかったとは思わなかったし、まさかそれを電話でぽろっとこぼしたとは思わなかったし、事故に遭ったと聞いて飛んでこようとした母親を止めるために彼女がいるからって口を滑らせるとは思わなかったし。
まあ、その後は根掘り葉掘り聞かれるのを面倒がった晴斗君が、その内会わせるからと言って電話を切ったらしい。
「その内」がこんなに早く来るとも思わずに。
割れた茶碗とか出されないし、お茶の味が変とかもないし、とりあえずは良かったのかな?値踏みされている感じは多少するけど、そんなもんだろうと諦める。
あ、これ、アラサー独女の特技その3ね。
合コンとか、お見合いとかすると大体こんな感じだから。
「ところで、失礼なんだけど、福田さんおいくつか伺っても?しっかりしてらっしゃるし。26、7かしら?」
思った年齢よりも-2してるとしたら、28、29に見えたのだろう。まあ、6、7歳の年齢差なら許容範囲か、なんて思ってるんだろうけど。残念だな、そんなに若くないぞ。
「32です。」
空気が冷えるのは多分、季節のせいではないでしょう。まだ、秋だもんね。冬じゃないもんね!
「10も違うんじゃあ…。」
何か言いかけたのを辛うじて飲み込む清沢母。
「う、うらやましいわ、若く見えて。」
うん、うちの息子誑かして!とか言われるかと思ってたから、それくらいの反応なんて余裕、余裕。アラサー独女のメンタルなめんなよ。
両親に美佳子さんの紹介を終え、美佳子さんの年齢を聞いた母親の言葉に一瞬茶の間が凍るも、なんとか修羅場を回避して再び歓談する。むしろ寒談か?なんか、この部屋まだ寒いぞ?
ぎこちないとは言え、なんとか穏やか~な会話を表面上は繋いでいたのだが、ついにボロが出た。
「でも、孫を見るのは難しいかもしれないわね。」
母さん!!なんてこと言ってくれちゃってんの。あー、一言くらいフォローしないとと思った瞬間。
ひっ。
美佳子さんの顔が般若になって見え…あれ?
気のせいか?普通の顔だった。
「で、でも……、晴斗みたいにのんびりしてる子じゃあ、福田さんくらい落ち着いてしっかりなさってる方じゃないと安心出来ないわね。おほほ、おほほほほほ。」
だが、母さんのひきつった笑顔と親父の逸らされた視線からやっぱり見間違いではないと確信する。
流石、美佳子さん。
その、一瞬だけ睨んで笑顔になるスキルってどうやったら身につくんですかね?
ちなみに、後日お邪魔した福田家では、家族中の歓迎を受けた。
ただし、美佳子さんと美佳子さんのお母さんの間で、
「若い子、騙して連れ込んだんじゃないでしょうね!」
「馬鹿な事、言わないでよ!」
という母娘ゲンカが小一時間続き、その傍らで遠い目をした美佳子さんのお父さんからは、
「逃げるなら今のうちだよ。」
という、ちょっと謎なアドバイスを受けたりした。
俺の誕生日プレゼントを買いに行こうと、久しぶりにデートで外に出た。
色々悩んだけど、寒くなって来たしニット帽にする。最初はコートも良いなあなんて思ってたけど、入った店の値段にびびって帽子にした。
店を出てぶらぶらしてると、なんかいつもより歩くのが遅い美佳子さん。そして、何か言いたそうにこちらを見る。
どうしたんだろ?不思議に思って聞いてみると……
「ね、ね?腕、組んで良い?」
だから!なんで、そんな可愛くお願いしてくるわけ?何なの?世間の32ってこんなに可愛いいもんなのか?
前に一度、腕組んだ時は酔っ払いだったし、ストーカーもどきもいたし、でノーカウント。正直、コミュ障DT男子だったんで、全く耐性がない。いやー、冬で良かった。夏だったら汗と冷や汗で、大変な事なってたわ。
右手と右足が同時に出るレベルで緊張しているところに、後ろから突然自分の名前を呼ばれて、思いっきりびくってなった。腕組んでる美佳子さんまでビビるくらい、びくってしてたと思う。
振り返ると、蔵持が可愛い系の彼女を連れて立っていた。
「やっぱりそうだ、ちょっと雰囲気変わってたから一瞬分からなかったですよ。」
前だったら、絶対「リア充爆発しろ!」とか呪い唱えて、可愛い彼女がいる&イケメンという蔵持に対して、ひがんでいそうな状況なのに、普通に見てられるし、自分の隣にも彼女が居るのが不思議だった。
「清沢さん、突然バイト辞めて大変だったんですよ。新しく入った人、仕事遅くてたまに俺行くまで深夜の分終わってなかったりしてますもん。」
きれいな彼女さんっすね、とか、お似合いですね、とか色々褒めてくれる蔵持に、コミュ障が発動して、笑ってごまかすしかできない。
「あっ、そうだ。アカウント教えてくださいよ。清沢さん、連絡先聞こうと思ってたのに、教えてくれない内にいなくなっちゃうから。」
と言われ気がつけば、連絡先が一つ増えていた。
じゃ、今度飲みましょ、と去っていく蔵持の後ろ姿を見送った。
「コンビニの朝にいる子だよね?」
美佳子さんの声ではっとした。
なんか、最近、色々な事が動いてる気がする。
毎日がただ過ぎて行くと思っていたのに。色々な事を知ったり、誰かとしゃべったり。今日みたいに、連絡先が一個増えたり。
「美佳子さん。」
ん?とこちらを見上げる顔に、心がほっこりというか良い方にぎゅっとされるというか。
あ、もしかして、愛おしいってこういう時に使う言葉?
「ありがとう。俺、美佳子さんと付き合って本当良かった。ずっと一緒にいてください。」
え?え?
なんで、急に険しい顔するの、ここで?
俺、なんかまずいこと言った?
突然、腕をぐいぐい引っ張られて、人生初のジュエリーショップに連れ込まれる。訳が分からないまま、美佳子さんに引っ張られるがままにソファーに座ると、
「こちらのペアリングはいかがですか?」
笑顔で指輪を見せる店員さん。お値段もお手頃ですよ?なんて言いながら俺を見てくる。
いや、違うんだよ、そういうんじゃないんだよ。しかもお財布はこっちに無いんだよ。値段も全然手頃じゃないし!
「それ、買います。」
隣から聞こえた声に、店員さんと同時に驚いて美佳子さんを見た。
「それ、ください。」
「え、ちょ、美佳子さん!!?」
カードを押し付けるように出す。ではお箱の御準備を……なんて言ってる店員さんを止める美佳子さん。
「箱とか良いんで、サンプル品じゃなくて商品出してもらえますか?あ、一括払いで。」
こちらです、と商品を出され、店員さんがカードを切りに行く。
「ど、どうしたの?」
「晴斗くん。」
目の前に突き出される指輪。
「結婚してください。」
店中の視線がこちらに向いた。え?逆じゃない?って。
「み、み、美佳子さん?」
「結婚してください、私と。」
眼力の圧力がハンパないっす。
「どうせ死のうとしてたんだから、残りの人生よこしなさいよ!この前みたいに死なれかけたらどうしてくれんの?一生、嫁き遅れにする気!?」
いやいや、そんなつもりは。
「受け取るか、やっぱり死ぬかどっちか決めて!」
えええ?受け取らなければ、死ですか!!?
なんつー脅迫これ?
「今すぐ!」
美佳子さんの眼力で魔法がかけられたように手が指輪に伸び……自分で、左の薬指にはめてた。
そして、もう一個の指輪を右手に、美佳子さんの手を左手にとる。
あーあ、「初めて」を奪われたと思ったら、
いつの間にか人生まで奪われちゃった。
だけど、最高に良い気分だった。