付き合い始めたら 2
清沢さんの見た目って、アキバとかに大量発生してそうなチェックシャツとGパンの見た目だったから。偏見ではあるけど、なんていうかこう、カップ麺ばっかり啜ってるかと思ってて…。
「何これ!すごい!!」
無事、水道を開いてもらい、その後バイト代が入って財布も潤ったらしいある日のこと。水道のお礼に夕食持って行きますと言われた。
てっきり御惣菜とかを買ってきてくれると思っていたら、まさかの自作筑前煮。
渋いよ。チョイスが22の若者には見えないよ。
でも、実際コンビニのご飯には飽きていたし、外で食べるとどうしてもこういう普通のご飯を食べられないので、食べたいなあとは思っていた。
「あそこのコンビニでバイトしてた時、廃棄もらえる日が読めなくて。でも、外食する金もないし。で、まあ、こういうのだったら日持ちするからって作ってたんっす。」
「清沢さん天才だよ。すっごい美味しい。ご飯三杯行ける。」
幸せそうに筑前煮をパクつく福田さんを眺めてたら不思議な気分になった。
そもそも、お礼に筑前煮とかどうなんだ?とは思った。ただ、口には出せないけど日頃の食生活を見ている限り、残念ながら血管年齢over30どころか四十路、五十路を飛び越えそうだったのもあって、ま、いっか、くらいの気分で作ってみた。
得意料理というわけではなくて、一人暮らしを始める前に母から習った物だ。理由は簡単。根菜なら日持ちするから安い時に買え。作った後も日持ちするから、一度作れば楽だ。青菜は無理でも野菜を食え、と。まあ、筑前煮にしては材料の種類が少ないことの方が多かった気はする。
ただ、頻繁に作っていたとはいえ、自分で作って自分で食べて終わっていた。誰かと食べたり、誰かに食べてもらったりなんていうことはなかった。だから、食べてる時の口角が上がりっぱなしの福田さんを見てると、なんだか嬉しくなってきた。
思えば、そもそも誰かと一緒に食事することが最近ではあまり無くなっていた。特に深夜のバイトを始めてからは、飲み会なんかがあってもその後にバイトがあったから、行かなくなった。そうやって、気がついたら、元々少なかった交友関係が皆無になってしまっていた。SNSも滅多に投稿しないタイプだったけれど、出歩くことが減ってからはチェックすることすらしなくなって。たまに見た時に楽しそうな写真とか、投稿がフォローされているのを見ると、投稿する内容のなさに凹んでやらなくなった。
何かが不満だとは思わなかったが、毎日楽しくない、つまらない、とは思っていた。
目の前で誰かが自分の作った料理食べて笑ってるだけで気分が上向くなんて。
なんだよ、おばさーのくせに、幸せそうに食ってて、なんか可愛いし。
自分が嬉しい、と感じていることに気が付いて、ようやく今までの生活には喜怒哀楽がなかったのだと気がついた。
その時、福田さんのスマホがテーブルの上で震える。
「はい、福田です。」
電話に出た声が仕事モードの声で、さっきまでふんわりした気分で福田さんを眺めていたせいか、声の硬さに身を固くした。何かトラブルでもあったのだろうか。話を聞いている内に福田さんの眉間に皺が寄っていく。しばらく考え込んだ後には、指示を出していた。
何の話なのかは全然分からないけど、口調も指示もてきぱきしていて、流石だなと思う。同時に、なんでこんな人と同じ空間にいて飯食ってんだろって不思議な気分にもなった。大体、あの変なきっかけすら無ければ、出会う事はあっても関わることは無かった人だ。
電話を切った福田さんが、また目の前の筑前煮を口に運ぶ。数分前と何も変わっていない光景なのに、今度は嬉しくならなかった。
「ところで……あの。この前、言ってたことなんですけど。」
咀嚼していた口がぴたりと止まって、無表情になった福田さんがこちらをじっと見つめる。
「ちゃんと考えたら、なんていうか、俺じゃ多分、合わないっていうか。こう、釣り合いが取れないっていうか。」
ごくりと喉が動いたのは同時だった。続く言葉は内容も音も結構な棘を含んでいた。
「32の年増じゃ22の若者には合わないってこと?」
「そうじゃなくて、俺、真っ当な職に就いてる訳じゃないし、バリバリ稼げないし。福田さんみたいな人ってもっと仕事出来て話とかもあう男が良いと思うんですけど……。」
あー、自分で言ってて情けないわ。女々しいよ。
「私は……、この前みたいに家に帰った時、清沢さんが居てくれたら良いなって思ってるよ。今日だって、ご飯作ってくれてすごい嬉しかったし。っていうか、お金なら私が稼いで来るからそれで良いじゃん。それに、私のほうが10も年上なんだから、ちょっとくらい稼ぎが多いのなんて当たり前だよ。」
これ、ほんとに現実?現実ってこんな都合良いの?実は、童貞のまま死んでて、妖精さんが死に際にかけてくれた魔法とかじゃないの?
「休みの日とかにゆっくりデートして、一緒に居られるならそれが一番嬉しい。嫌じゃないなら、付き合ってよ。」
真剣な福田さんの目に気がつけば頷いていた。
やべ、人生初彼女!ついにリア充の仲間入りしたよ、俺!
っていうルンルンな気分で帰った筈だったのに、朝起きたら有り得ないくらい部屋が暑い。金ないからエアコンは頻繁には動かさないけど、起き抜けだけはタイマーをかけているはず……。
あれ?リモコンは動くのに反応しない……?壊れた?
仕方ないから、冷たい茶でも飲もうかと冷蔵庫を開けたら……。
「すんません、ほんとすいません。」
三度目のジャンピング土下座。ただし、今度は俺が土下座してる。福田さんは呆れ顔。
「良いんだけどね……この季節は電気止められたら冷蔵庫なしじゃ辛いもんね。どうせ、うちの冷蔵庫はビールしか入ってないから良いんだけどね。」
うああああ、もう俺駄目。そうだよ、電気代も催促されてたのに払い忘れるし、金は無いし。ホント、情けない。
「す、み、ま、せん!すいませんでもすんませんでもないでしょ!済まないんだから、済みませんって言いなさいよ。」
っていうかさー、と不機嫌そうな声。あー、やっぱり呆れられてる?
「もう住んじゃえば?家賃三万、食費光熱費は割り勘で別途加算。」
あれ?
これってもしかして、不機嫌なんじゃなくて……ツンデレってやつ?
深夜シフトに入って朝帰り。朝日ってホントに目にしみるんだなって思いながら帰ってきて、ソファに倒れ込んだ。
「起きろー!昼だぞー。」
もうちょっと寝たい、と思って目を開けずにいたら口と鼻を押さえられて、命の危機から目が覚めた。普段仕事に行く時とは別人の服を着た福田さんがにやっと笑ってる。
「ほら、買い物行くよ。」
急き立てられて出掛けた先は、電車で30分くらいのショッピングモール。休日の昼ともあって家族連れやカップルばかり。親子連れなんかの父親でも、たまに俺と同じくらいかちょっと上くらいの人がいて驚いた。
そっか、まだ22だけど、もう22なんだな。
泣きながら駄々を捏ねる子どもを叱って、言い聞かせて、置いて行くぞと脅して、それでも最後にはほら、と手を伸ばす。待って、と言いながら一回りも二回りも大きな手にしがみつく子どもとそんな様子を愛おしそうに見る父親。少し先では、その子の母親だろう、女の人が父子を見て笑っていた。
「ああいう休日の親子の姿見ると、私、仕事しかしてなかったんだなって思っちゃう。」
福田さんがちょっとだけ寂しそうに呟く。
「正直、30も越えたけど、なんか遠いな。」
遠い、か。
その言葉がすんなりと心に入りこんだ。前までの深夜バイトの生活、食うに困らないし先のことはその時になって考えれば良いやって思ってたけど。全て遠い世界のことだと思っていたのかもしれない。
「あ、それより、コレ当ててみてよ。」
拍子抜けするくらい明るい声で差し出されたのは紺色のポロシャツ。いいね、と言いながら色違いで黒のポロシャツを腕にかけて、次はこっちとシャツを当てられる。どうするのかと思っていたら、そのまま会計をしようと歩きだすので慌てて止めた。
「福田さん、それ、買うんですか?」
「だって、足りないでしょ?Gパン二本のローテーションで、Tシャツもあれだけって。それに、私が勝手に買うだけだから。」
有無を言わさない口調でたたみかけられると、コミュ障は言葉が出なくなる。まあ、確かに、洗濯を頻繁にするから生地は弱ってるけど。
「思ったんだけど、私達付き合ってるんだし、名前で呼ぼう。ね。晴斗君。」
言葉に詰まったのって、コミュ障だからか?いや、反則だろ。なんで、このばばあ、こんな可愛らしいこと言えちゃうわけ?ビッチか?ビッチなのか?あ、レイプ魔家に連れ込むくらいだから、そこは触れないでおこう。
ってか、同じような、GパンとTシャツなのに、美佳子さんが選ぶとなんでオシャレっぽいの?なんか、ちょっとだけ雰囲気イケメンなっちゃったじゃん。オタク眼鏡が、メガネ男子くらいにはなってるよ。
一通りの買い物を終え、遅い昼食をとると、帰って買った物整理しようか、と美佳子さんが立ち上がる。
ちょっと待った。
「あ、あの、100均行っていっすか?」
これだけは買わなきゃって思ってたんだよ。
そう、マグカップ。
いくらなんでも、あのマグカップは趣味悪いって。部屋にも食卓にも合わない。
100均なら俺にも買えるし!
何よりも、無難なデザインだし!
美佳子さんが選ぶとまた変なチョイスするんじゃないかと疑ったので、美佳子さんが店内の他の所を見に行っている間に、何も聞かずに勝手に選ぶ。黄色と水色の無地のマグカップを二つ手にとってレジに並んだ。排水溝のネットがなくなってたんだよねー、と言いながらレジに戻って来た途端、俺の手にある二つのマグカップに目を止めた。そして、にまーっと笑う。
え?なんでそんな嬉しそうなの?
「おそろいだね。」
くそっ、……なんだよ、可愛いぞ!




