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他愛のない雑談

 ピッ、ピッ、ピィー・・・


 試合終了のホイッスルがスタジアムにこだました。

 日本代表の面々は、控えめながらも顔をほころばせたり、小さくガッツポーズを作ったりと喜びを表現。エースの本条も安堵の表情を浮かべながら、同じように笑みを見せる四郷監督と固く握手をかわした。


 アジアカップのグループリーグ、日本代表は3戦全勝の快進撃で1位通過を決めた。決勝トーナメントではUAEと戦う。3戦連発の本条を筆頭に総得点9、全戦無失点という文句なしの勝ち上がりであった。イラク戦、ヨルダン戦はレギュラーである海外組が軸となったが、その中で竹内が3試合すべてに出場し1ゴール2アシストと結果を残し「ニューヒーロー誕生」と騒がれた。一方でパレスチナ戦以後ベンチを温めた剣崎は、中継でベンチが映し出されたときにやたら大声を出したり、誰よりもゴールを喜んだりして、それなりに目立ちはしていた。しかし、それがJリーグ得点王の振る舞いかといわれるとキツい。

 ただ、決勝トーナメントは一発勝負の戦いが続く。得点感覚に優れた剣崎への期待は、まだ残り火があった。


「今回のグループリーグ成績については・・・妥当といえば妥当だが、全員がやるべきことをやれている結果だということ。満足するようでは未熟極まりないが、胸は張っていいと思う。ブラジルでの惨敗から考えるとね」

 翌日のリカバリー中、四郷監督は囲み取材に応じ、グループリーグについて講評していた。

「初戦の相手がパレスチナのような格下であることが何よりも大きかった。若い新戦力を試せたし、主力も弾みをつけることができた。あの試合を集中して臨み、圧倒で来たからこそ、イラク戦もヨルダン戦もものにできたと感じている」

「監督、決勝トーナメントからは一発勝負のより厳しい戦いとなりますが、新たに招集した選手の中で期待している選手はいますか?」

「無論です。かなりの過密日程に加え真夏のオーストラリアで試合をしているわけだから、出てもらわねば困る。五輪組の、FWに関してはいずれも期待しています」

「竹内選手は非常に良い成績を残していますが、切り札は彼であるという事でしょうか?」

「そう考えてもらっても構わないが、彼だけに頼るつもりは毛頭ない。それにブラジルに出た面々もいるのだし、何度も言うがこのトーナメントは総力戦。全員を戦力として考えている。誰か一人に頼るつもりは毛頭ない」


 別の一角では“ニューヒーロー”竹内が、テレビのインタビューを受けていた。聞き手はJリーグ史にその名を刻んだストライカー、『ダン』こと中川雅史氏。気さくでやや熱い口調の中川に圧倒されつつも、竹内は笑みを浮かべながら答えていた。

「グループリーグでは非常にいい動き見せてたね~。どうですか?初めてのA代表で何かつかんだということですか?」

「いや、まあ、そう言うわけではないんですけど・・・。ただ、自分が求められていることはとにかくゴールに絡むとか、チャンスを作り出すことだと思っているので、結果出せてほっとしてますね」

「クロス良し、ドリブル良し、そしてシュート良し、持ってるものを全部出せちゃってますよね!」

「そうですね・・・。まだまだ代表には縁がないと思っていたので、とにかく一戦一戦できることをしようとだけを考えているので・・・」




「くっそ~ホントなら俺があそこにいたのにな」

 パレスチナ戦での『大失態』から立ち直った剣崎が愚痴る。

「ま、結果残したもん勝ちだぜ、ああいうのは。クソが」

 最後の一言に、西谷の悔しさがにじみ出ていた。

 一方でどこか落ち着かないのが内海である。重森、今田といった守備陣に別メニュー要員が増えている中、UAE戦のスタメン起用を叶宮コーチから知らされたのである。

「なんかずいぶん気張ってるな」

「はは、いつもと違うか?俺」

 声をかけてきた渡に、苦笑いを浮かべる内海。スタメンで出られる高揚感と、試合の重要度に対するプレッシャーが入り雑じる、軽いパニック状態にも見えた。

「俺は俺。やるだけやるさ」

 やや投げやりにも聞こえる内海の言葉。旧知の渡にはいいようには映らなかった。




 その日の宿舎。ロビーで五輪組の5人がテーブルを囲んだ。

「しかし、俊也はすげえよなモグモブ。今や、リオのエースなんてアグムグヌ、言われてっからよ、ふざけんなって話だぜグブグブ」

「食うかしゃべるかどっちかにしろ、剣崎」

 リスのように山盛りの料理を口に運びながらしゃべる剣崎を、西谷がにらんだ。竹内は「やれやれ」といった感じで苦笑するが、渡と内海はその食いっぷりに呆れていた。

「お前・・・、ちょっとはバランス考えたらどうだ?普通肉と魚は一緒に食わねえもんだろ」

「プレーの所々が化け物だけど、この食いっぷりならなんかうなづけるな」

 渡が食べ方をたしなみ、内海は何となく納得してしまう。

「はは、いつものように食えることが俺のバロメーターなんでな。食える時に食っとかなきゃな」

 そういってまた料理を胃に次々と詰め込んでいく。

「ユースの時はもっとすごかったぜ?こいつの母親から聞いてたんだけど、こいつ専用に五合炊きの炊飯器があるんだとよ」

「五合?一食でか!?」

 竹内の説明に西谷が驚く。西谷はプロになってから剣崎と知り合ったので、そこまでは知らなかった。

「内臓の強さは身体の強さってよく言うけど、確かに成長期にそんだけ食えりゃそれだけの身体ができるわけだな。それも怪物の才能ってやつか」

「いや、バカなだけだろ」

 達観するようにつぶやいた内海に、西谷がツッコミを入れた。


 他愛のない雑談。無駄にも思えるかもしれないが、悩んでいるときは意外と効果があったりする。


 翌朝、内海の表情はすっきりしていた。


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