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大失態

(くそっ!なんだ、この感じ・・・)


 スペースには走りこめている。シュートも打てている。下手なりにプレスもかけている。


 やることはやっていたという感覚はある。だが、剣崎はこの違和感を払しょくできないでいた。

(いつもならもっと割り切れてんのに・・・。代表だからって、なんか俺がいつもと違う?)


 無論、剣崎の存在はパキスタンにとっては脅威だった。180センチを優に超える筋骨隆々の大男が、チーターのような瞬発力でスペースに走ったりボールを奪いにくる。空中戦でも強さは際立っていて、ここまで3本あったコーナーキック、全てでヘディングを打たれていた。

 だが、本人の手ごたえは、むしろ皆無といっていだろう。

(くそっ、ゴール決めてすっきりしてえ・・・)

 こういう思いはいつもと変わらない。なのに、その根源は違っていた。本人にその意識はないが、剣崎は焦っていたのだった。「自分は一番下手」と自覚し「ゴールだけが唯一できる仕事」と評価されていることが、剣崎にとって初めて足かせとなっていた。見知っている竹内と西谷が、初陣とは思えないプレーぶりを見せていることが、それに拍車をかけていた。そして無意識のうちに力みが生まれ、それがシュートを狂わせていた。


 そしておそらく前半ラストプレーとなるであろう、4度目のコーナーキックのチャンス。千載一遇とばかりに、剣崎は意気込み、キッカーの新藤にアイコンタクトを送る。だが、新藤は感じていながら、それを無視し、剣崎よりもファーにいる重森に向かってクロスを打ち上げた。



(な、なんで・・・俺の力、知ってんじゃねえか)



 明らかにイラついた剣崎。それが判断力を奪った。重森のヘディングはクロスバーにはじかれ、それが剣崎に来た。だが、一瞬気持ちが切れたことで、絶好球であるこぼれ球に反応が遅れた。

(やべっ!)

 トラップミスで余計に浮かせたボールを、それでも本能がそうさせるのか、強引にバイシクルボレーで放つ。そしてそれがゴールにつながった。派手なA代表初ゴール。だが、本人はまるで一発レッドを喰らったかのような、蒼い顔で立ち尽くしていた。


 剣崎はそんな表情のまま前半終了のホイッスルを聞いた。


「叶宮」

 ベンチから立ち上がった四郷監督は、叶宮コーチを呼ぶ。叶宮は先を歩く四郷監督に追従した。

「奴はあまりにも未熟なんじゃないか?」

「かもしれません。いえ、間違いなくそうです。彼は、草サッカーで英雄になる小学生と同じですね」

「それで得点王になれるとは、Jのレベルも落ちたものだな」

「ご冗談を。それを評価したのはほかでもないあなたでござんしょ?それをわかっていて『あえて』スタメンで使ったんでしょ?」

「・・・とにかく、剣崎は前半で下げる。ベンチ脇で個別指導を頼む」





「あの・・・、新藤さん、ちょっといいっすか」

「ええよ。謝らんでも」

 ハーフタイム中、剣崎は重苦しい足取りで新藤のもとに向かう。対して新藤はにべもなく返す。

「ったく、たった1年得点王になっただけで、もう日本のエース気取りか?なんで初心者のお前のアイコン従う必要があんねん?」

「すんません・・・」

「ゴールを決めりゃ誰でもすっきりすんねん。だからゴールが欲しいのはよう分かる。それでも、要求通りのクロス上げてもらえんかったからて、あんな顔すんなやガキが。さて、シャワーでも浴びっか。どけ」

 吐き捨てた新藤は、そのままシャワー室に消える。剣崎は呆然としたままベンチに座り込んだ。その上から本条は厳しい声を向けた。

「自己中の次は廃人って、忙し奴やな。ま、俺はお前のことを知らんが、反省はしてるらしいな」

 見下すように言った本条は、そのまま背を向ける。

「『自分のために』エゴを出すんだったら、関空開港行きのチケット用意しとけ。次、同じことしたら俺はお前を死んでも認めんからな」


 何を言われても剣崎は上の空だった。先輩から受けた叱責、そのすべてが痛かった。

 イメージ通りのパスが来ないと、パサーに対して不満をぶつけること自体はこれまでいろんなところであった。だが、今回の新藤に対する態度は弁明のしようがない。本条の指摘したように、きわめて自己中心的な怒りのぶつけ方だった。


「相当へこんでるわね」


 いつの間にか誰もいなくなったロッカールームに、叶宮が現れた。


「ま、らしくないキレ様ね。あんたがそこまで臆病だったとはね」

「・・・そうっすかね?俺って結構ビビりですよ?」

「『Jリーグは俺に任せろ』なんて吹いた男がねえ。でも、何となくわかるわ。代表の練習で自分のへたっぷりをあれだけ見せつけられたら、ゴールしかないあんたが焦るのは。でもね、アンタが一番ゴールに関してアテになるってことはみんな知ってるわよ?集中が切れといてあんなボレー叩き込めるんだから。つーか、良く我に返れたわね」

「うーん、まあ気付いたらって感じっすね」

「ま、あとで監督からもお説教があるから、あとはベンチで試合見てなさい。アンタは下手だけど間違いなく感性は抜群よ。選手の特徴を生で感じなさい。今日の宿題はそれよ」

 そう言って叶宮は背中を叩く。


「ま、行くとすっか」


 まだ立ち直ったわけではないが、いつまでもへこむ余裕は自分にない。

 剣崎は駆け足でベンチに戻っていった。


 試合はそのあと、剣崎に代わって出場した尾崎が追加点を記録するなど5-0で快勝。貫録のスタートを切った。

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