シーズン前のそれぞれ
新年が明け、アガーラ和歌山のオフシーズンも残り2週間弱。天翔杯優勝により、ACLだけでなく、リーグ王者とのスペシャルマッチが2月末に控えている。例年になくハードな日程が予想されるなか、多くの選手が入念に休息をとりコンディションを整えていた。
ところは九州・宮崎。年中温暖で数多くのスポーツチームがキャンプを張るこの地で、栗栖と小宮、そして猪口がここで自主トレをしていた。ランニングやパス練習、ドリブル練習など基礎的なメニューで汗を流し、万全の体制でキャンプを迎えられるようトレーニングを積んでいた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。いやあ走ったね今日も。やっぱり暖かいところでトレーニングするとはかどるね」
達成感ありありの表情で話す猪口を、小宮は鼻で笑った。
「はっ、これだから貧乏人はやだね。プロならこれぐらいの環境でできて当たり前なんだ。去年は県外だったのに、なんで今年は県内なんだ?コストダウンが早すぎんだよ」
「そういうな。和歌山だって別に寒くないんだぜ?串本の施設もなかなかいいらしいしな」
ぼやく小宮を栗栖がなだめる。
「俺達が戦うのはリーグ戦だけじゃねえ。世界、ってもアジアだけだけどよ、今年は海外ともガチで戦うんだ。キャンプもそれ相応の場所でやるべきだ。行政に気ぃ使いすぎなんだよ」
「だから露骨なクラブ批判はやめい。しょうがないだろ、俺達は親会社がないんだから行政の支援は欠かせないんだ。県の南部に試合できる会場ないんだからこういうときに使うのが・・・」
「コミ、クリ、選手があんまりそういう話をするもんじゃないだろ」
話の内容に戸惑った猪口が、二人にストップをかけた。
「それにしても、小宮って意外とスタミナあるんだな。なんつうか、動かないイメージがあったからバテやすいかとばかり思ってたけど」
猪口のつぶやきに、小宮は得意げに返した。
「動かないのと動けないのとは違うってことだ。ま、俺は省エネでやってるわけだ。俺からしたら、お前のほうが底なしだからな。ハツカネズミみたいにすげえ動けてるし」
「そ、それほめてんの?」
「小宮なりにな」
戸惑う猪口に、栗栖が補足を入れた。
「それにグチよ。俺にだって勝てねえって思う事はあるぜ?クリは左脚しかねえけど、それの精度は抜群だ。どんだけきつい状況でもいいボール蹴れるしな。お前にしても、ボールを奪うときの勘はすげえと思うぜ」
「なんか小宮に褒められるって、照れくさいというか、素直にうれしいよね」
「いわゆる王様タイプだけどもよ、他人の良さはちゃんと理解する男だぜ」
「そうなんだ」
「そうそう。下僕の特徴を知っとかねえと、使い道が思いつかねえからな」
「・・・・・」
ところかわって和歌山県内。ここではユース出身組がトレーニングに励んでいた。
昨シーズンようやく戦力として活躍し始めたMF三上。キーパー2人が退団したことでいよいよスタメン奪還に視界良好のGK本田。水戸で元日本代表の闘将・桂谷のもとで鍛えられたDF米良。そして自ら移籍を志願し、香川J2残留の立役者として凱旋したFW矢神。1つ上の黄金世代に負けず劣らずのポテンシャルを持ちながら、地位の確立に時間を要した彼らの、「今季こそは・・・」という意気込みは凄まじいものがある。
「少しは成長したのか」
クールダウン中、矢神は米良に聞いた。
「実際にリーグ戦で当たったじゃん。わかんないのか?」
それを挑発するように返す米良。矢神は鼻で笑った。
「わかんねえな。結局俺に振り切られて同点弾を決められらた奴の成長なんてよ」
「確かに。でも以前の俺なら90どころか45分持ったかどうか・・・だな」
ともに昨年はJ2を主戦場とし、リーグ戦では1度相まみえていた。米良は90分間ほぼ矢神をマークしきったのだが、たった1度振り切られた時のシュートが同点弾となり苦い思いをしている。
「でも、『闘将』って言われた桂谷さんのとこで勉強できたのはよかった。その成果を生かしてレギュラーとるつもりさ。センターでな」
「そーそー。米良や矢神が成長したように、俺たちだって成長してるんだ。いっそのこと下剋上目指そうぜ」
普段はおとなしく、元来引っ込み思案だった三上も、昨年終盤に自信をつけたか、強気の言葉も増える。
「今年の敵は友成さんだけだしな。俺様も守護神デビュー目指すかってな。うちの黄金世代は剣崎さんたちだけじゃねえしな」
本田もまた闘志を燃やしていた。
同じころクラブハウス。営業や広報が13日に行う新入団選手の記者会見、その準備に追われる傍ら、今石GM、竹下社長、ヘルナンデス監督ら首脳陣と、片山良男スカウト部長ら編成部が移籍リストとにらみ合いながら更なる補強を模索していた。
「ひとまず・・・これで手一杯ってことっすかねえ~」
頭を抱えながら切り出した今石GMの言葉に、竹下社長は顔を暗くした。
「一応株主さんからはもう少しご協力をとお願いしていますが・・・・。予算は底をついている状態ですね」
「自由契約の選手といっても、名前や実績があればある程度値は張りますからね。何とかあと2人くらいは」
「片山部長、何とかレンタルって手はねえか?」
「それも少し。いくつか成立そうな選手はいますが、正直J1ならまだしもACLで戦うには厳しいですね」
「外国人はもう枠に空きがない。かといって力のある日本人はこれ以上取れない。化けるかどうかに懸ける余力もないしなあ・・・・」
『ふむ。尽力していただけることは非常にありがたい。だが、私は与えられた戦力で頑張るだけです。現場で全力を尽くし、さらなる吉報をお待ちします』
心情を察したヘルナンデス監督も、不安がないわけでないが、無理強いせず決意を新たにする。
万策尽きた、とは言いたくないが、栄誉を得ても地方クラブには変わりない和歌山。しかも今年に入って、行政からは激励よりも質問が増えた。
「まさかプロバスケチームがつぶれちまうとはなあ・・・。言っても仕方ねえが、余計なことしやがって・・・」
歯ぎしりしながら今石は机を叩いた。
「サラリーキャップ制なのに放漫経営で2年で倒産。おまけに事前事後の説明もなしに張り紙一枚で球団事務所は音沙汰なし。まるで夜逃げじゃねえか」
「今石君・・・。ご心情は察しますが、あまり他所を批判しても仕方ないのでは?」
「わかってます。だが、この和歌山という地はただでさえサッカーとバスケは日の目を見にくいマイナー競技。そのプロチームがつぶれたんですよ?関心がない人間からすれば十把一からげ。今年が国体じゃなかったらと思うと」
「・・・確かにゾッとしますねえ」
年明け早々、一昨年夏に誕生したプロバスケチームが倒産、消滅というニュースが舞い込み、アガーラ関係者は気が気ではなかった。強力な大企業がバックアップしているわけではない地方クラブにとって、行政や民間企業の支援は、生物でいう酸素と同じで裏切るような真似はできない。それでいて決して諸手を振っての応援というわけではないので、些細な失態が大きなバッシングにつながりかねない。今年は国体が開催されるとあって、スポーツに対する血税の投資に対して大義名分は立つが、来年以降はそれ相応結果を残さなければ「掌返し」なんてこともなりかねない。
『安心してほしい今石さん。私は厳しい状況でより燃える性格だ。全力でつくします』
ヘルナンデス監督は、あくまで強気に語る。
それがせめてもの救いだった。
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