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ちゃんと鬱憤(うっぷん)を晴らす

 剣崎が発散するオーラが、禍々しさを増す中で後半が始まった。西谷と竹内が前線でコンビを組み、渡が守護神として最後尾に立つ。内海も加えた若手たちと、新藤、今田といった国内のベテランに加えて、悩める10番の加賀美健二がそのピッチにいた。

 互いに初のA代表。にも関わらず、西谷と竹内は堂々とプレーした。中盤からパスを引き出して互いのワンツーパスで決定機を作り、前線からの圧力をかけて守備にも貢献。初顔合わせということで、所々味方とのズレはあるが、その修正力も指揮官を唸らせるには十分だった。


「なるほど。竹内は使えるな。和歌山では右のサイドハーフでいることが多いが、適応できているのがわかる」

「アタシんとこでもトップかサイドハーフか、いつも迷っちゃうんですよ。西谷はどうです?」

「うむ。前線であれだけ体を張れるなら及第だ。だが、ロシアでも見せているようなドリブルを見てみたいな」

「両方とも、役割をこなすために自重ぎみですからね」

 そこで四郷監督はポツリと言った。


「そこが、つまらんな」


 言って、四郷監督は剣崎を見やる。歯軋りしながら唸る姿は、警戒する犬みたいだ。

「やつはゴールという結果を出すのか?」

「ええ。彼はゴールだけが取り柄の男なので」

 目をぎらつかせている剣崎を見て、叶宮は自信満々に頷いた。




 一方でピッチに目をやると、やや気だるい展開が続いていた。中盤と前線がよく動いて相手のポゼッションを阻みはしていたが、カウンターを仕掛けてもフィニッシュの精度が低く、追加点を奪えないまま時間が過ぎていった。

 そこで目立っていたのが、加賀美だった。今年の欧州シーズンの開幕前、イングランドからドイツの古巣クラブに「救出された」のだが、本来の輝きが戻りきらないまま。前半からプレーしているが、放ったシュート5本はいずれも枠外に消えていた。

「加賀美はなかなか戻らんな。いつもなら、ゴールを決めているのだがな」

「どうするおつもりで?」

「代える。このまま終わってしまっては、いつもと同じ。『フィニッシュ以外が立派ないつもの日本代表』となる」

「でしたら、そろそろやつを放しましょうか。出番を与えなかったら、アタシが噛み殺されかねないので」

「先ほどから静かなようだが、大丈夫か?」

「ご心配なく。今奴は牙を研ぎきった後。どうやって仕留めるか、茂みに潜んでいる状態ですよ」



 交代が認められ、加賀美がピッチを退く。気合い十分の剣崎が出迎えた。

「おつかれっす!加賀美さん!」

「おう、頑張ってこい」

「ぅうおっしゃあっ!!」

 加賀美とハイタッチをかわしてピッチに入る剣崎。加賀美の手は真っ赤に腫れていた。

「っ痛・・・。どんだけ気張ってんだよ・・・」


 一方で、剣崎の鼻息は既に荒かった。ためにためた鬱憤うっぷんを爆発させようと、ゴールへの意欲をむき出しにした。

「俺をずっとベンチに放置しやがって。見てろよ、てめえらの目が節穴だってことを教えてやっかんな」

「監督に『節穴』はねえだろ。普段のお前なら妥当な扱いだろ」

 意気込む剣崎に、西谷は水を差す。だが剣崎は、いつものように反論せず、冷静な声色で言った。

「かもな。だったら、ゴールさえ決めりゃ、俺の得点王が『パスありき』じゃなくて、『俺の実力通り』ってことを証明できるわけだ」

「自分の欠点わかってんのかよ。だったら少し直す努力したらどうだ」

 そう忠告したつもりの西谷が見ると、既に剣崎は自分のポジションについていた。

「・・・話最後まで聞けや、ボケ」



 試合再開。剣崎は2トップのポジションで西谷とコンビを組み、そのあおりで竹内が加賀美がプレーしていた右サイドハーフに移る。前線をうろつきながら剣崎はセンターバックの表情を観察する。そこには疲労の色がにじんでていた。

(まあそうだろうな。竹内トシ西谷アツがあんだけ動き回ったんだ。3バックで数字上は有利だろうが、十分通路ができるぜ)

 そして剣崎は竹内にアイコンタクトを送る。受けた竹内はうなずいた。

(よし。ゴールを開けれそうだな)「新藤さん!」

 竹内はパスの受け手を探していた新藤に合図、新藤もそれに応じた。

「味方として見るのは初めてだからな。お手並み拝見と行くか」

 ボールは竹内のほぼ要求通りの高品質。そのまま右サイドで仕掛けると、ゴール前を見る。

(相変わらずいい位置取り。クロスの上げがいがあるぜ)

 一瞬にやついて鋭いクロスをゴール前に。剣崎と相手DFが競り合う。

「行くぜっ!!」

『うご!?』

 剣崎は身体を寄せてきた相手のセンターバックを逆に弾き飛ばし、万全の態勢でヘディングシュート。交代後3分で結果を残した。

『おい大丈夫か?』

『な、なんだあの18番。あんなパワーのある日本人は初めてだ・・・』

『去年のJ1得点王だとよ。あの馬力じゃ当然だな』

 剣崎のポテンシャルに、相手の守備陣は舌を巻いた。


 剣崎はそのわずか5分後にも結果を残す。相手のコーナーキックから、ディフェンシブサード(ピッチを三分割したときの自陣ゴールから3分の1の範囲)での混戦。そのこぼれ球を拾った内海が西谷に向かってロングフィード。西谷は相手のセンターバック2人に囲まれながらタメを作る。不意に、ヒールキックで相手の股を抜いた。

(なんでそんなとこにいてくれるんだ。・・・チクショウ)

 自分に対する嘲笑を浮かべる西谷。何故ならヒールパスを出した空間は、自分のマーカーを振り切った剣崎の走行ルート。落ち着いてダイレクトシュートでキーパーの股を抜き、2点目を決めた。



「あそこまで『他力本願』なストライカーというのも、そうはおらんな」

 四郷監督はあきれたようにつぶやいた。

「おそらく彼のゴールは、それよりも竹内や西谷の奮闘がフォーカスされるだろう。だが・・・あれだけ『ゴール』が計算できるFWが日本にいたとはな」

「得点王が彼の才能の賜物であることをご理解いただけたかしら?」

 得意げに叶宮は聞いた。

「いずれのゴールも、ポジショニングがいい。あの嗅覚はパサーもやりがいがあるだろうな。それに、パワーのある豪州人DFをきりきり舞いさせたパワーは大したものだ」

「強くて速くて高く跳べる。そして決定力が抜群。ジョーカーとしては申し分ないでしょ?」


 味方のアシストも良かったとはいえ、ほんの数分で2得点という明快な結果を残した剣崎。本人が思う以上に、四郷監督からの株は上がったようだった。

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