言い表せない違和感
アジアカップ連覇を果たした日本代表、それに得点王とMVPを排出したアガーラ和歌山。昨年のセンセーショナルな活躍に加え、今シーズンはACL初挑戦。さらには地元和歌山が国体を迎えるとあり、周囲からかけられる期待は大きいものだ。
だが、そのチーム状態は、ハッキリ言ってボロボロであった。
事の発端は串本での一次キャンプに遡る。
「やる気あんのか、この木偶の坊!」
とある日のゲーム形式の練習で、アンデルソンに対して小宮がキレた。アンデルソンのプレーに問題は見られず、むしろ持ち味であるポストプレーを発揮していた。だから周りの誰しもが、何故小宮がキレたのかがはじめのうちはわからなかった。だが、次の小宮の言葉にうなずく選手と叱責する選手とでチームが真っ二つに分かれた。
「シャドーのガキども(須藤、矢神)にばっか任せてねえでてめえもシュート打てよ!前に突っ立つだけがFWじゃねえんだぞ!」
「でもコミさん、アンさんポストはいいんすよ。専念してくれたら決めるとこは俺らしますから」とは矢神。
「そうだぜ。俺らのクロスも上手く扱ってくれるし、今の攻撃には手応えあるんだからもっとこれを磨こうや」とは藤崎の弁。
「でもよ、正直ポストばっかじゃ相手も守りやすいだろ。ときどき自分で仕掛けるとかダイレするとか、意外性必要なくね?」と小宮を擁護したのは久岡。
「ヒサの言う通りや。もっといろんなことできんとな。一芸だけでJ1は残れんぞ」
守備側の仁科も小宮の意見に同調する。
「仁科さん、そういう批判は、抑えてから言ってくださいよ。つーかわかってんならちゃんとしてくださいよ」
元代表に辛辣なのは新加入の城崎だ。ついでにと同じく新加入GK森も合わせる。
「小宮よ。全員が全員万能だったり剣崎みたいな化け物じゃねえんだから、もっと周りに合わせろよ。司令塔だったらさ」
活発な意見を交わしていると言えなくもないが、これ以降、チーム内には微妙な空気が流れている。
ヘルナンデス監督のサッカーはとにかく決まりごとが多い。プレスのタイミング、ゾーンディフェンスの切り換え、サイド攻撃での留意点など多岐にわたり、特に守備の規律が明確になったことで、失点は減っているように見えた。一方で、特に攻撃においては意外性がなく、小宮や久岡が変化をつけようとすると「今はまだ基礎をつける段階だ。パターンをしっかり覚えてくれ」とやんわり監督に止められた。これが小宮には不満で、久岡は不安だった。
そうしたチームの完成度と雰囲気が反比例した状況で、剣崎と竹内は凱旋したわけである。
そして奈良ユナイテッドとのプレシーズンマッチの日を迎えた。
「奈良〜ユナイテッ!」
ドンドンドドドン
「奈良〜ユナイテッ!」
ドンドンドドドン
会場の橿原公園陸上競技場は、冷たい風こそ吹き付けるが、好天だったこともあって大勢のサポーターが駆けつけた。あわよくば昨年度の天翔杯王者にアップセットをかましてやろうという気概も感じられた。無論、選手たちからも。FW寺島信文、MF高橋祐輔ら元・和歌山の選手が多く、今年はここに新潟から小西直樹(1、2にて和歌山で10番をつけた)も加わった。言葉は悪いがさながら紅白戦のような光景に見えなくもない。
ACLやリーグ王者との一騎打ちとなるオープニングカップを控える中、チームの完成度を推し量る意味でも、この試合は重要となる。そんなヘルナンデスアガーラの「初陣」メンバーは以下の通り。
GK1友成哲也
DF15ソン・テジョン
DF26バゼルビッチ
DF34米良琢磨
DF32三上宗一
MF27久岡孝介
MF28藤崎司
MF8栗栖将人
FW16竹内俊也
FW9剣崎龍一
FW20アンデルソン
「ま、妥当なメンバーね。特に最終ラインは愛称で選んだ感じね」
記者席で布陣を見ながら、Jペーパーの和歌山番・浜田は腕組みしてつぶやいた。
「どういうサッカーになるのか、大阪との試合もあるわけだし、じっくり見させてもらいましょうか」
結果は4-0と和歌山が圧勝した。
開始早々に藤崎のクロスをアンデルソンが落とし剣崎の先制点をアシスト。そしてバゼルビッチからのロングフィードをまたもアンデルソンがキープして竹内をアシストした。後半には剣崎に代わって入った矢神が2ゴールを記録。一部で湧き出た雑音をきっちりとシャットアウトする快勝劇、のはずだった。
「なんか・・・勝っちゃった、って感じでしたね」
試合後、記者たちが集まるミックスゾーンで剣崎は本音を漏らした。
「アンデルソンはやってて確かに頼もしかったけど・・・、なんかしっくりこないというか。うん・・・」
どこかすっきりしない表情のまま、無言となった剣崎はそのままミックスゾーンを離れていった。
続いて現れた友成は、落胆したような表情を見せて吐き捨てるように言った。
「言ってることとやってることがかみ合ってない選手が何人かいたっすね。若いやつは落ち着きないし、逆に年寄りは冷静すぎて。今日の奈良の出来なら2点は取られてた。それを0で抑えられて、背番号1の名目は果たせたって感じですね」
快勝のはずの戸惑い。
そのもやもやは、大阪の手によって引きはがされることになる。