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「壁」を破れ

 日韓対決となったアジアカップ決勝。連覇を狙う日本代表は、大幅にメンバーを入れ替えた。


 GKは全試合出場となった渡。最終ラインは右から潮谷(広島)、吉江、内海、大間。中盤はアンカー長谷川の1ボランチに品崎(鹿島)、本条のセンターハーフ2枚。前線は3トップで右ウイング竹内、左ウイング西谷、センターFW剣崎。かなり攻撃的な布陣を敷いた。


 理由は二つある。一つは守備陣がもう一つ万全でない一方で攻撃的な選手たちが好調だから。もう一つは、対戦する韓国代表が、決勝に至るまでの5試合すべてで無失点でいることだ。

「今回の韓国代表は、プロとは思えないずさんなコンディショニングで、キーパーのパク・ジンシク以外は常にメンバーが入れ替わっている状態だ。にも関わらず無失点。これは監督のラーシュウィリー氏の守備意識が浸透している証だ」

 昨年のブラジルW杯で日本と共倒れになった韓国は、経験豊富なドイツ人監督の下、守備の意志統一を徹底。プレス、ラインコントロール、ゾーン、ポジショニングと守備のイロハを浸透させ、ローリスクで勝ち点を得る土台を築いていた。無失点だけでなく、シュート自体も8本しか打たれていないのである。

「今日の3トップには、とにかくシュートにこだわれ。できれば、前半のうちに9本以上奴らに浴びせてもらいたい。ミドルレンジならそこから蹴っ飛ばしてもいい。特に剣崎、お前にはそれしかないのだから、5本は打ってこい」

「最後になんで俺をけなすんすか」

 真剣な表情で言い切った四郷監督に、剣崎は苦虫を噛み潰す。

「お前は守備なんて考えなくていい。とにかくペナルティエリアで打つことを心掛けろ。お前の馬力ならフィジカル勝負でも奴らに勝てる。まずは楔に『シュートを打たれている』という現実を奴らに植え付けてもらいたい。後半に勝負をかけるためにな」


 試合が始まると、韓国がなぜシュートを打たれていないのか。その凄みを思い知ることになる。

「クソっ!もうコースあらへん」

 ボールを持った本条は舌打ちした。韓国の選手たちのポジショニングが、パサーからすると相当面倒くさいことになっている。ボールが渡った選手に対して、近い選手はじりじりといつでもプレスをかけられるような、遠目の選手はパスコースのライン上(これはボールが通るコースを指す)にポジションを取り選択肢を奪っていく。素早い判断だけでなく、受けても邪魔されないように常に動く必要がある。頭も体もフル回転させなければ攻撃自体が成り立たないという、タフな試合展開を強いられた。とにかく日本にボールが渡った時の守備への切り替えがスムーズなのである。優秀なゲームメイカーを多く要する日本代表にとって、それに対しての守りが硬いことは相当厳しい。


 だからこそ、剣崎のスタメン起用は『大当たり』だった。


「行けるぜっ!!!」


 距離、角度ともにやや無茶な位置からの剣崎のシュート。唸る弾丸は轟音を立ててクロスバーで跳ね返る。前半20分過ぎですでに3本目のシュート。一発放つのに7分かかっている計算だが、個人の数字としては多いほうだ。ましてや中盤が前述のように苦戦を強いられている中でのシュートだから、かなり強引だ。クロスバー、ポストを揺らし、ゴール傍に転がる給水ボトルを弾き飛ばす。枠にはいかないが紙一重の一撃が続く。Jリーグのセレーノ大阪に所属するGKパク・ジンシクは剣崎を知っているだけに迷っていた。

(ミドルしか打ってこないが・・・やっぱ油断はできない。かといってこいつに注意すると、両ウイングがつっこんでくるしな・・・)

 頭を巡らせながら見やるのは、両ウイングのドリブラーである。そして二人もスキを見ては何かと『ちょっかい』を出した。スピードに乗って切り裂くようにバイタルエリアに仕掛ける竹内、持ち前のフィジカルと性格の強さで追いつかれてもそのままなぎ倒しながら侵入する西谷、タイプの違うドリブルは両サイドをそれぞれ混乱させた。竹内はそのままシュートを打ったり、もう一度サイドに離脱してからセンタリングでチャンスを作り、西谷は「あわよくばPK」を人がいる方向に積極的に突っ込み続ける。その混戦で生まれたこぼれ球に剣崎が反応しているわけだ。


「くそったれっ!なかなか破れねえな」


 5本目のシュートを放って天を仰いぎながら、剣崎は愚痴をこぼす。


「もうちょっとなんだけどなあ。ボチボチ決めときてえな」


 一方で韓国も防戦一方というわけではない。常に陣形をコンパクトに保っているために互いの距離が近く、いったんボールを奪うと速いパスを次々繋いで一気にカウンターを仕掛ける。特にFWのカン・ジェソクのラインを裏に抜けるスピードには何度も手を焼いた。


「うおおっ!!」

『げっ、コースが・・・』


 それでもゴールを守り切っていたのは、ひとえに渡の巨漢を生かした一対一の対応だ。一気に間合いを詰めることでコースを消し、さらに鬼気迫る迫力に相手の判断を遅らせた。さらに、吉江を中心としたオフサイドトラップを効果的に決めて難を逃れる。互いに打ちあってはいるものの、とどめの一撃を打てない状態が続いた。



「ふむ。なかなか向こうはひるまないな。3トップはよくやっているが・・・」

 テクニカルエリア(ベンチ前の点線で囲んでる出っ張り)で顎をさすりながら四郷監督はぼやいた。基本的にやりたいサッカーがやれてはいるものの、見合う効果が出てこない。むしろ、次第に自分たちの守備陣がほころびを見せつつあった。

「だんだんオフサイドがギリギリになってきましたわね。耐えれるのかしら」

 叶宮コーチがいたずらっぽく横でささやく。四郷監督は一つ息を吐いた。

「その前に連中が点を取れば問題はないだろう。まだ前半は5分ある」

 楽観的なことを口にしたが、頭の中で四郷監督は悲観的な展望をしていた。

(リードを許した時点で試合自体が決するな。どう手を打とうかな)


 その予想を覆す一撃が生まれた。


「でやあっ!!!」

 剣崎6本目のシュートは、相手のDFに当たってコーナーキックになる。前半もアディショナルタイムでその目安寸前のセットプレー。これが前半のラストとなることは明白だった。ボールをセットするのは竹内。傍には本条が近寄り、ショートコーナー(いったん味方に渡してからリターンを受けてクロスを上げる攻撃)をもにおわせていた。


(前半も最後だ。ここは剣崎に懸ける。狙いどころは・・・あそこだ)

 助走から竹内は低い弾道のボールを放つ。ボールはニアポスト近辺に飛ぶ。「ミスキックだ・・・」と判断した韓国のDFたちは一瞬足を止めた。だが、それは剣崎に対する情報不足の悲劇だった。


「どぅりやぁっ!!!」

 一瞬マークが切れた剣崎が、ゴールポストに向かって跳躍する。空中でボールを頭で軌道修正。半身の姿勢でそのままゴールを避けるようにピッチの外に倒れ込む。正面をついたにもかかわらず、とっさのことに韓国のGKパクは反応できず無意識に左手が上に伸びる。


 叩き落とされたボールが、ゴールマウスの中で弾んだ。

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