シュートだけ。それの何が悪い
アジアカップ準々決勝。UAEと相まみえた日本代表は、立ち上がり早々に決定機を作られる。要注意人物であるオマンに何度もそれを生み出され、冷や汗の連続であった。
だが、次第にUAEの攻撃は沈静化。特にオマンは輝きを失っていく。
「せいっ」
『ぐっ、こいつ』
今もそうだが、マークについた内海が、オマンに通るパスをことごとくカット。または体を懸命に寄せて体勢を崩させる。立ち上がりに距離をとりながらオマンを監視していた内海だが、前半15分すぎから攻めていった。
(こいつのプレースタイルは小宮に似ている。ボールを渡すと何されるかわかったもんじゃない。・・・でも、ボールさえ渡さなきゃ何も出来ない分、こいつの方がずっと楽だ)
前日叶宮コーチから見せられたビデオに写っていたオマンは、「自分の技量で相手を嘲る」という小宮とよく似たプレースタイル。だが、パス能力は小宮より秀でてはいたが、ボールを持っていない時の驚異はなかった。
小宮と違ったのは・・・王様的に言えば「野に下る」こと、つまり自分からアクションを起こさないこと。いかなる状況であっても、出し手に配慮したポジションを取らない。ボランチやセンターバックのキック力があてになるからだろうが、それならば出し手との間に入ればそれだけオマンの驚異を減らせられる。さらに言えば、仮にボールを持たれたとしても、アクションが「正直」すぎるために、おもしろいほど対応できた。
(なんでだろな。格は明らかに向こうが上なのに。小宮と比べたからか、全然大したことねえって感じられる。慣れって恐いな)
自己分析しながら、内海は笑いをこらえていた。それを解説者の中川は「イメージ通りにマークできてますから表情に余裕が出てますよ。このまま抑え込んでほしいですが、油断は禁物ですよ」と言っていた。
内海が相手のキーマンを封じたことで日本代表は攻勢に転じポゼッションで圧倒。何度となくチャンスを作った。だが、本条のシュート、竹内の一対一、尾崎のヘディングとゴールを狙えどネットは揺れず。そして司令塔の新藤がいつものキレを欠き、詰めのパスが繋がらなかった。
「せっかく押してるのに・・・ノーゴールで終わってたまるか!」
前半終盤に竹内が右サイドから中央のバイタルエリアに切れ込み、ドリブルで相手を三人抜く。迷いなく右足を振り抜いたが、ボールはクロスバーに嫌われた(その瞬間、放送席は悲鳴に包まれていた)。
日本代表にとって嫌な形で前半を折り返すことになった。
「竹清が長谷川と2ボランチを組め。大間が左に入って後半にいく」
四郷監督はハーフタイムにて、動きの重い新藤を下げる決断をした。Jリーグ屈指のクロッサーが入ることで攻撃の活性化が予想された。
だが、後半開始早々アクシデントに見舞われた。尾崎が開始間もなくしてダッシュ後に右太ももを気にしだしたのだ。四郷監督の決断は早く剣崎をすぐさま呼びつけた。そこで四郷監督は剣崎に聞いた。
「2点取れるか?」
厳格な風貌の代表監督からの唐突な質問。さすがの剣崎も「ほえ?」と間抜けた返事をするが、四郷監督は続けた。
「叶宮から聞いている。お前はシュートしか能がないそうだな」
「ま、まあそればっかやってたんで・・・」
「ドリブルは無論、リフティングもろくにできないと聞いたが?」
「いやあプロになった頃よりはマシになりましたけど・・・代表レベルでもないっすね」
「だが、どう動けばゴールを決めやすかいか、そういう勘には自信があるのだな」
「たぶん有るんじゃないっすかね。常に言われてきたことだし」
「ではもう一度聞こう。2点取れるか?」
要は「2点取ってこい」と監督は聞いていた。剣崎はニヤリとした。
「ハットトリック決めてもいいっすか?」
「できるのならばな」
剣崎は尾崎と同じ1トップの位置に入った。送り出した四郷監督の隣で叶宮コーチは笑っていた。
「相当なバクチよね〜。キープ力のないシュートバカの剣崎に1トップをやらせるなんてねえ 」
「何が悪い。シュートを打つなら、ゴールに近い方がいいだろう。手は勝つために打つべきだ」
ピッチに立った剣崎は、一度深呼吸して天を仰いだ。大まかに言えばパレスチナ戦の時と心情は同じだ。
「点を取りたい。ゴールを奪いたい」と。
だが、あの時と違って、なんだか分からないが冷静さもある。干された2試合でピッチの味方を凝視した結果、どう動けばいいのかがなんとなしに理解した。
「まあでも。あいさつは慣れたので行くかね」
剣崎はニヤリとほくそ笑んだ。
剣崎がピッチに立ってから、日本代表の戦い方が変わった。その変化は端から見れば好ましいものではなかった。ボール自体は日本代表が持っているが、剣崎が1トップの位置から下がらず、それに絡まない。相手守備陣の周辺をうろつき、時折ダッシュして相手を惑わせている。
「剣崎はなかなか前線から動きませんね」
放送席ではアナウンサーがいぶかしみ、テレビの向こうではそこかしこで「何やってんだ?」「ボールに絡めよ」と不満が漏れていた。だが同じストライカーである中川は期待を込めた口調で解説した。
「ワンチャンスをモノにするために集中してますよ。ボールが入れば決めるかもしれませんよ!」
その直後、右サイドの竹内にボールが渡った時だった。
「トシッ!!」
剣崎はそう叫んで走り出した。
そしてバカ正直にバイタルエリア正面に突っ込んだ。
『センターがそいつを潰せ!サイドはクロスを入れさせるなっ!』
剣崎の動きにUAEのGKは指示を出す。だが、もう勝負は決していると言ってよかった。既に竹内は相手のサイドバックを振り切っていて、いつでもクロスを上げられる状態だった。
そして剣崎も、潰しに来た相手DFに怯まず、タックルもむしろ弾き出し、突破した。ポカッと空いたGKとDFのスペースに、UAEの最終ラインを抜け出した剣崎がスポッと収まり、さらに竹内からのアーリークロスがピタッと来た。それを剣崎は左足でのダイレクトボレーで叩き込んだ。
「ギャブッ!!」
キーパーの顔面に。それでもボールは勢い死なず、ゴールマウスの中に転がった。先制点が入った。