決勝トーナメント
グループリーグを勝ち上がった8か国が一発勝負の決勝トーナメントを戦う。アジアカップも佳境に入ってきた。
日本代表は準々決勝のトリを務めることになった。対戦相手は中東の難敵UAE。エースストライカーハシム、スペインで活躍するボランチのアブドル、そして飛び級でA代表の10番を背負う若き司令塔オマン。ここに質の高い選手も揃っており、最終ラインは全員180センチ以上と、高さで日本相手に優位に立っている。
一方で日本代表は、別メニュー調整が続く今田、ヨルダン戦で負傷した森重、不調続く加賀美に代えていくつかの微調整を加えた。そして四郷監督はスタメン起用される内海に特例を下した。
「俺が、オマンのマークですか・・・」
言われた瞬間、内海は立ち上がり、戸惑い気味につぶやく。同じようにキャプテンの長谷川も意見した。
「確かに、内海は対人戦にも強いし、スピードもある。相性はいいと思いますが・・・」
「お前から見て『相性がいい』と思うのならなおさらいい。キャプテンはキャプテンを知る、というところか」
「で、でも、キャリアが違います。俺はまだ・・・」
「情けないわねえ~。それでもリオ五輪のキャプテンなの?アタシがキャプテンさせてる選手が、ノミの心臓だなんて聞いてないわよ?」
なおも戸惑う内海に、叶宮コーチが顔を近づける。
「か、叶宮さん、近いっす。・・・つーか、ハッカのにおいすごすぎ」
「いいこと?アタシたちがそうだったように、あっちだってドングリ同士の戦いで勝ちを拾ったに過ぎない。中国より下のチームなのよ?今ビデオで見せた限り、攻撃のほとんどはオマンを経由してるわけだけど、エースへのラストパスは全部彼?おまけにこいつは守備が雑だし、まだまだガキんちょ。中国戦でUAEが勝てなかったのも、3人がかりでこいつを潰したからなのよ?」
「3人がかりで、でしょ?それが何で俺一人なんですか?」
「疑問が解消できないのなら『イイもの』見せてア・ゲ・ル」
「キモいで、叶宮さん。おっさんが色気見せてどうすんねん」
本条のツッコミに目もくれず、叶宮はプロジェクターのスイッチを押した。
映し出されたのはUAEの試合ではなく、Jリーグの試合だった。
「って、なんで俺たちの試合なんだ?」
「これって、去年長居でやった神戸との試合だよな」
それに気づいた剣崎と竹内が声を上げる。その後4試合のダイジェストを流したが、いずれもアガーラの試合だった。
「はい。今注目していた選手、よく覚えといてね。それじゃ、本番行くわよ」
続いて出てきたのはUAE。オマンが得点に絡んだシーン。その最中、特に守備の選手が声を上げ、表情を変えた。そして内海は生唾を飲み込んでいた。
「よくわかった?オマンを抑えるヒント」
叶宮は得意げに言った。
そして試合当日。中継する放送局は日本のスタメンに目を見開いた。
「さて日本代表ですが、コールキーパーはグループリーグと同じく五輪代表の渡が起用されました。最終ラインはセンターが吉江と内海、サイドバックは左に永本、右に坂井。中盤は長谷川と新藤のダブルボランチに、トップ下本条、左サイド竹清、そして右サイドにはニューヒーロー竹内。1トップは尾崎という布陣になりましたねえ。中川さん、ズバリキーマンは」
「やはり竹内でしょうね。加賀美の調子が戻ってこない今、日本代表の攻撃は彼が握っている解いても過言ではないでしょう。この試合は今まで以上に先制点が重要ですから、立ち上がりから攻撃的に行くという四郷監督のメッセージでしょう」
「そして向こうの要注意人物は・・・やはりオマンでしょうか」
「彼がUAEの攻撃のすべてを担っているといっても過言ではないですからねえ。おそらく吉江か長谷川がマークにつくでしょう」
「重森に代わって起用された五輪代表のキャプテン、内海にはどういう印象がおありですか」
「センターバックでありながらスピードもあって、キック力もいい。マンマークもゾーンも自在にできる選手です。日本代表はオマンのマークで守備が一人手薄になりますから、彼は今日カバーリングの速さが求められますよ」
だが、放送席の予測は外れることになる。キックオフ直後から、内海がオマンをマークするポジションに立った。解説者中川の見解は「荷が重いかもしれませんが、吉江よりも情報が少ない分案外面白いかもしれませんねえ」だった。
『見ない顔だな?お前に俺が抑えられるのかい?』
言語は理解できなかったが、オマンの態度は明らかに自分を見下している。実際、立ち上がり、オマンは結構自由にやっていった。UAEボールで始まった立ち上がり、ボランチから縦パスが入るやすぐさま仕掛ける。内海は逃すまいと食らいつき、オマンに万全の態勢を取らせない。
「逃がすかよ」
『ふーん、思ったよりやるじゃねえか』
上から目線で内海を見るオマン。ペナルティエリア手前で強引にターン。内海を振り切る。そしてすかさずハシムにパスを通す。キーパーと一対一という状況になる。
「やばいっ!!危ないっ!!」
誰もがそう思ったが、ハシムのシュートは渡の正面に飛ぶミスキック。ギリギリまで我慢して一気に距離を詰めてきた渡の、体の大きさに慌ててしまったのだ。
『なんだよ、それぐらい決めてくれよ』という顔で首を傾げたオマン。
『ま、俺のマークはザルだからな。またチャンスを作ればいいや』と、すぐに表情に余裕を戻した。
一方で、内海もまた鼻で笑った。
(黙らせてやるさ。こいつは確かにすごいけど『あいつ』に比べたら穴だらけだ)
表情には、「抑え込める自信」ではなく、「抑えられる確信」にあふれていた。




