アジアカップに挑む日本代表
第4シーズン、スタートです
12月末。千葉県某所。
サッカー日本代表は、1月中旬から開幕するアジアカップに向けて調整を行っていた。ディフェンディングチャンピオンとして臨む今大会、周囲の期待は当然連覇である。世界レベルではまだまだ中程度の力量であるが、アジア圏ではなんだかんだ言いながらトップクラスの力だ。
現在日本代表を率いるのは、四郷清彦。W杯南アフリカ大会以来の日本人監督である。現在55歳。欧州近辺で指導者修行を積んだ後、Jリーグ誕生後は平塚(現・湘南)、清水、名古屋の監督を歴任し、平塚では天翔杯、清水では前期リーグ優勝を経験。名古屋の監督を退任したあとは解説者を経て日本代表の強化部スタッフについて前回、前々回の代表選手の選考に携わった。
当初、次期監督はメキシコ人アギレラ氏に決まりかけていたが、八百長問題に巻き込まれた影響で頓挫。そこで「選手を最も多く見ている」という理由で四郷監督に白羽の矢がたてられた。
四郷監督は着任後から、選手選考に早速自身の色を出す。主に国内の選手視察を担当した経験から、「海外の補欠より国内の看板」をモットーにJリーガーを中心に招集。今回のアジアカップに向けては五輪代表組も加えた。
その中に、剣崎はいた。
「トシっ!!」
「剣崎っ」
ゴール前、サイドでドリブルする竹内に、剣崎がゴール前へ合図を送る。竹内はやや強引にクロスを剣崎が走りこむ方向に放り込む。
「いっくぜっ!!」
「やらすか!!」
頭からボールに突っ込んでいく剣崎を、DFの重森が身体を寄せる。しかし剣崎は、ひるむことなくボールに突っ込んだ。
だが、剣崎の頭に当たる寸前、キーパーの西山がその軌道に割り込んでボールをパンチングした。
「くっそ~・・・もうちょいだったのに~」
そのままうつぶせで大の字になる剣崎。
「こいつ・・・ほんとにためらいねえんだな」
ため息をつきながら剣崎のプレーに、重森は目を見開く。
「はあ~怖かった。これが味方になるのか。サイドの選手は楽だな。クロスさえいれりゃいいんだから」
「う~クロスがなあ~。ちょっと雑だったなあ。お前が邪魔するからだぜ?アツ」
竹内は自分の失敗を、対峙した守備側の選手に愚痴る。言われた選手、西谷敦志は簡単に頭に血を登らせて叫んだ。
「うっせぇっ!俺だってFWなんだぜ?何が悲しくて守備に回んなきゃなんねえんだよ!!」
竹内のからかいに、思わず出た監督批判。剣崎並、いや以上に単純な西谷の振る舞いに竹内は苦笑した。
この代表には五輪組から5人の選手が招集されている。正守護神のGK渡、キャプテンのDF内海、そして和歌山から得点王剣崎と、万能FW竹内、ロシアリーグでこの度リーグベストイレブンを受賞した西谷だ。
「噂通りというか・・・、実に活きのいいFWだな。初めてのA代表で普段のクラブでの練習と何ら変わらん会話をしている」
様子を見ていた四郷監督は、特に3人に目を細めている。その傍らで得意満面の男、五輪代表を率いる叶宮がいる。
「でしょう~?あれがアタシの自慢の点取り屋たちよ?あいつらが代表に定着した暁には、史上最も点の取れる日本代表の完成形よ?」
「完成形か。普段の言動と違って極端なリアリストのお前にしては、少し過大評価ではないのか?」
「あら。アタシの目をお疑いで?平塚時代、無名のペーペーだったアタシを司令塔に据えたあんたが言うセリフじゃなくってよ?」
二人は師弟の関係にあたる。かつて四郷のもとで叶宮は司令塔に抜擢されて日本代表にまで登り詰め、袂を別った直後のシーズンで四郷清水から磐田の司令塔として、その年の年間優勝の称号ををかっさらった。独自の発想を持つ叶宮を、四郷は昔から評価しており、叶宮を五輪代表監督に抜擢したのは四郷であった。
「・・・お前の眼力は確かなものだ。いささか劇薬ではあるが、何らかの化学反応をもたらすだろう」
「あんたの手綱さばき、今一度見させてもらいますよ」
とはいえ、連覇をかけたこの大会は、韓国、オーストラリアのライバルに加え、侮れない中東勢が敵として揃い、生半可に戦える舞台ではない。その状況での五輪代表勢の抜擢に、期待よりも不安の方が大きい。年明け、オーストラリア入り後の囲み取材ではそのあたりの質問も飛んだ。
「今回のアジアカップを戦う代表には、オリンピック代表の選手も多く加わっていますが、意図はどのようなとこにおありでしょうか」
「意図?単純に戦力として評価したときに、私のふるいに引っかかったというだけです。純粋に戦力として計算しています」
「リオやロシアを見据えたということでしょうか?」
「別に『経験を積ませる目的で呼んだ』と解釈していただいても構わない。だが、私は今の、もっと言えばブラジルに持っていけなかった力を持っている選手を招集したつもりです」
「スタメン起用もありえるのでしょうか」
「当然です。極端な話、私はアジアカップの連覇にはこだわっていませんから。仮に無様な結果であっても、今後の戦いを過ごす上でのきっかけになった時点で『勝ち』だと思っていますので」
この発言に、記者たちは目を見開く。その中で別の記者が、感情任せに質問をぶつける。
「日本のサッカーファンは連覇を期待しています。それを守る気はないという事でしょうか。それは応援してくれている人への裏切りではないでしょうか」
対して四郷監督は淡々と、それでいて迫力のこもった声色で返した。
「何の正義感に駆られているのかは知らんが、狭くて弱いアジアで頂点に立ったところで、南米や欧州クラスとの距離は縮まりはしない。重要なのはロシアまでに何を積み上げるのか。どう還元して成長するかだ。それは実績に限った話ではない。連覇で得られるのは、私のクビの皮の厚みに過ぎない」
Vシネマに出てくるようなやくざのような風貌と相まって、質問した記者はひるむ。四郷監督は続ける。
「勘違いしないでほしいのは、『勝つつもりはない』とは言ってない。矛盾しているかもしれんが、このアジアで頂点に立てないようでは、ロシアでの勝利など夢のまた夢。ましてやそこで主力の座を奪い、結果を出すという精神を五輪の連中が持っていないとしたら、五輪の道は初めから途絶えている。そういう選手がいるのかどうか、それらを見極めながら連覇する」
『したい』ではなく『する』と言い切った四郷監督。日本サッカーの2015年が明けた。
今シリーズもよろしくお願いします。