寡黙な先輩
「あっ、江野さん。おはようございます」
「・・・・うん、おはよー」
今日は江野さんと一緒に作業か。
江野さんは僕の二個年上だ。
入った順番も、僕の一個前ということで扱い的にも僕とあまり変わらない。
江野さんはかなり寡黙で、しゃべっているところをあまり見たことはない。
さっきの僕のおはようございますに対する返事だって、江野さんは何かをボソッと呟いただけであり、
おそらくこう言ったのであろうと僕なりに解釈した結果なのだ。
僕も最初は一生懸命聞き取ろうと努力した。
面倒くさいと思いながらも、何度も「はい?」「今なんて言いました?」「すいませんもう一度お願いします」を繰り返し、挙げ句の果てには「もう少し声張ってみたらどうですか」と、後輩にも関わらず偉そうにアドバイスまでしたことがある。
それでも一向に上がらない彼の声量に、みんなは一体どうやって彼と接しているのだろうと、疑問に思い、先輩達と、江野さんのカラミを僕はひっそりと見てみることにした。
「江野君さ、あそこに置いてあった台知らない?」
「・・・・・・倉庫・・・・・・見た・・・・・・けど・・・」
「そうかー。知らないかー・・・・・・っかしいなー。どこ行ったんだろ」
「江野君さ、これやったことないでしょ?」
「いや・・・・・・・か・・・・・・やりまし・・・」
「だろー。俺が教えてやっから」
「・・・・・・・」
???
もしかして聞いてないのか?
みんな江野さんの話、聞いてなくないか?
どうせ何も聞こえないからと、自分の中で勝手に江野さんの答えを解釈してないか?
多分こう言ったのであろうと自分の中で江野君の答えを作り出してないか?
まさか、そんなコミュニケーションの取り方、ありなのか?
それが正解なのか?
まだ信じられない僕。
しかし、極めつけとなったのはバイトの中では古参で、食べることとゲームが大好きな中国出身の40歳のオッサン、珍さんの江野さんに対する接し方だった。
「江野ー、竜神っていうラーメン店行ったことあるかー?そうかーないのかー」
・・・・・・・
いやいやいやいや。
江野さん何も言ってないから。
これ確実に江野さんの話聞いてねぇな。
多分だけど、信じられないけど、みんな江野さんの話聞いてねぇなこれ。
それならわざわざ江野さんに聞く意味あったのかそ れ。
まさか、まさかの方法ではあるが、僕もそのコミュニケーション?の取り方を採用することにした。