血と鉄錆の戦場
3百メートルほど先の塹壕からザリガニ型のロボットが頭を出す。機関銃で撃つ。最初に頭を出した一体は吹き飛んだが、後続は躊躇すること無く湧き出してくる。
機関銃を連射する。左右の志願兵仲間も引き金を引く。
ロボットの体積は人間より大きいが、腹ばいの姿勢をとっているため正面からの被弾面積は頭蓋骨ほどしかない。しかも、鋭角的な形と、分厚い装甲に守られた頭は、弾丸を5発に2発の割合で弾く。
機関銃で戦うにはいささか効率の悪い相手だ。昔は空爆で一気に吹き飛ばすなんてことが出来たらしいが、資源の大部分を奪われた今の人類にそんなことをする余裕はない。
毎分6百発の弾幕も機械たちの歩みを完全に止めるには至らず、ザリガニの群れはジリジリと塹壕に近づいてくる。だが、彼我の距離が3分の1ほどに縮んだあたりで奴らは前進速度をゆるめ、やがて引き返していった。
右の機関銃を撃っていた志願兵が言った。
「また、引き返していく。どうして奴ら後一歩というところで、引き返してくだろうな」
「知るもんか!」俺は吐き捨てるように言った「奴らの脳みそが足りてないからさ」。
「奴らが馬鹿なら、人類がここまで追い詰められたりはしないよ」
もし、銃座が九十度回ったら、俺は間違いなくこいつを撃ち殺していただろう。
「俺らが奴らより馬鹿だって言うのか! 資源を食い荒らすしか脳のない虫けらよりも! 奴らが優っているのは繁殖力と、頑丈さ、そして悪食だけだ」
正規軍人の怒声が響いた。
「マックス! 私語をつつしめ!」
俺は黙った。黙ったおかげで別の音が聞こえてきた。久しく聞いていなかった音、ジェットエンジンの音だ。
俺は空を見上げた。雲の間に小さく黒い十字架が見えた。十字架は横棒部分から2対の飛行機雲をなびかせて、のんびりと空を飛んでいた。
人類にもまだ飛行機を飛ばす余裕が合ったんだなと思い正規軍人の方を見ると、何か慌てた様子でどこかに連絡をとっていた。
友軍機じゃないのか? と思った次の瞬間、正規軍人が吹き飛んだ。あたりに土砂と鉄、肉と骨の破片が飛び散りその内のどれかが俺の肺を貫いた。
激痛。苦痛の唸り声をあげようとして失敗した。呼吸が出来ない。
「おい大丈夫か!」
さっきまで話していた志願兵が顔を覗きこんできた。馬鹿かこいつは! 大丈夫なわけがないだろう!
血が喉からこみ上げてきて、盛大に吐いた。それを返事と受け取ったわけではないだろうが、やつは俺を担架に乗せて、軍医のところに運んだ。運ばれている途中、俺の脳は酸欠で機能を停止した。
次に目を覚ましたのは白い壁で作られた、幅4メートル、奥行き百メートルほどのかまぼこ型の部屋だった。室内には医療機器が並べられ、ところどころに1G環境下で天井を支えるための柱が立っている。
月居住モジュールを流用して作った即席地下治療室。存在は以前から知っていたが、利用するのはこれが初めてだった。
「目が覚めたかい。マックスくん」
初老の男性が上から覗きこんできた。拘束されているらしく、体や頭を動かすことは出来なかったが、目と口だけは動かすことが出来た。
「ああ、先生。おかげさまで」
男は申し訳無さそうな顔をした。
「すまない、私は君の治療をしたわけじゃないんだ」
「じゃあ、別の人間がやったのか?」
「いや、違う。そいういう意味じゃないよ。私は君に人工肺を取り付けて意識を回復させた。だが、元の肺は穴が開いたままだ。この機械を止めれば、君は数分で死に至るだろう」
男は脇においてある機械を指さしたが、俺にはよく見えなかった。
「だったら早く治療してくれ」
「非常に言いづらいんだが…、君が治療を受けることは今後も無いんだ。永遠に。臓器プリンターはもう世界に数えるほどしか無いし。埋込み型人工肺も君に使うには高価過ぎるシロモノだしね」
「だったらどうしろってんだ! 一生ここで寝てろっていうのか!」
「君には後5分でこの部屋を出て行ってもらう、ただその前に意思確認がしたいんだ」
「意思確認?!」
「君の記憶を使わせてもらいたい。軍のプロジェクトに」
「プロジェクト?」
男は頷いた。
「極秘プロジェクトだ、現時点で詳細を話すことは出来ない。ただ、我々は実戦経験の有る兵士の記憶を必要としているんだ。運動記憶、意味記憶、ストーリー記憶、全部だ」
「そんなことを聞くためにわざわざ俺を生き返らせたのか?」
「本人の承諾が必須なんだよこのプロジェクトには。ストーリー記憶とは思い出だ。君の思い出を…、ある意味では君の人格と言ってもいいそれを使うんだ。本人にその気がないのに無理やり使うと、後々面倒なことに成る」
「倫理的な問題か?」
「最近では久しく、聞かない言葉だね。まあ、それも理由の一部だ。それだけじゃないけどね」
「もし、俺が断ったら?」
「その時は、苦痛のない死が待っている」
「糞が!」
「仮に私の依頼を受けたとしても、主観的には君はここで死ぬ。ただし、このプロジェクトは人類存続の一助となるだろう。君はその一翼を担う名誉と、報奨金を得ることが出来る」
俺は男の顔に唾を吐きかけた。
「糞が!! 死んだ後、世界がどうなろうと知ったこっちゃねえ。報奨金が何だ! あの世で使えってのか!」
「報奨金の使い方は君が自由に指定できる。この場で言ってくれれば遺族の口座に振り込むが」
「自由に? だったら買えるだけの銃を買って子供たちに配ってやれ、自殺用に1発の弾丸をつけてやるのを忘れるなよ」
「それは同意ととっていいかな?」
俺は笑い声を上げ、思いつく限りの罵声を浴びせた。
「ヤブ医者! 腐れ脳みそ! 狂人! クソ! クソ! クソ! ……。イエスだ……、同意する」
次話は 2/3 21:00 ごろに投稿します。




