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幸福と恐怖



自分は存在を疎まれている そして誰からも愛されていない

唯一だったあの人がいなくなった日から






現在、そしてこれから


生まれてきた理由


その疑問を誰しも一度は考えるのだろう



『…自分は果たして』



子供達は大人になりその疑問の答えを見つけ得るかもしれない。

大人は老人になりその疑問を解くかもしれない。


一匹の蜘蛛を助ける使命を持って生まれた子供

沢山の人々に物語を語る為に生まれた少女

大きな橋を渡す力を授かった男

飢餓に喘ぐ沢山の人間を救う運命の女


答えはいつだって自身が決める


けれども もう自分には時間がない




…自分は何なのか?

…死ぬ為に生まれてきたのか?


フォーには答えがわからない

大人になれない自分にはきっとずっとわからない








                    ◆




「フォーはどこから来たの?」


狭いテントの中、ペタンと床に腰をおろしけれどまだ少し緊張をとけずにいるのか、

金色の髪をした少女は濃い蒼色をしたスカートをきつく握りしめている。



「この村からずっと北にいった小さな山間の村。…地図に載っているかはわからないくらい」


フォーは村村を移動する際、身体を屈めないと入れない程狭い荷馬車につめこまれていましたが方角やこの世界での大雑把な位置をきちんと理解していました。

リストムと暮した小さな小屋にはリストムが自分の足で歩いた世界の地図が壁に貼られていました。


『ちっぽけな世界だがこの世界には美しいものや大切なものが沢山ある』


リストムはいつだったか、目を細めてそう話してくれました。



「北の村…。そこにフォーの家族がいるの?それともみんなサーカスに?」



「……それは…」



言いよどむフォーの様子を見て、少女はあわてて

「答えなくていいの、ごめんなさい」と言葉を次いだ。

人に踏込みすぎる事を畏れている。人が傷つく事を畏れている。


申し訳なさそうにまたもや俯いてしまった臆病で優しい少女。



…ああ 

…彼女は耳を塞がないで聞いてくれるだろうか




チリン

 チリン  チリンチリン


   リン



枷であるはずの鈴の音がなぜだか澄んだ美しい音色に聞こえます。


…その鈴の音があるとフォーがどこにいるかすぐわかるわ



あの日からリノは毎日顔を出してくれるようになりました。

いつも小さなテントに一人で座っているフォーに毎日会いに来てくれるのです。


そしてただ、何をするわけでもなくとりとめもない話をしたり

小さな子供のように手遊びをしたりして、学校が終わってから夕暮れまでリノは側にいました。


フォーは結局自分が『おわり』に投げ込まれる贄だという事を抜かして話をしました。


リストムという優しい老人と二人で村外れに暮らしていた事

村人達は皆フォーを快く思っていなかった事

期限付きで村長がフォーをサーカスに売った事


その話をリノは一言も口を挟まずに聞いていました。

俯いた顔色は青く 小さな拳が白くなっていました。



そして


「フォー、寂しくはない?」


と寂しさを知っている人間独特の呟くような疑問を口にしました。


「寂しさは永遠ではないから。」


フォーは2つの意味をこめてそう答えました、けれど 説明はつけません。

否、つける事はできないのでした。




                    ◆


ぎこちなかった微笑が一緒にいるうちに心なしか自然になった気がする。

リノは持参した焼き菓子の包みをひろげながら考えました。


…フォーは整った容姿をしているから無表情で遠くを見ていると近づき難い印象を受ける

…笑っている時はこんなにも優しげなのに



焼き菓子の包みをひらくと、フォーがそっと覗きこみました。


煮詰めた林檎をパイ生地で包み焼きしたこの村では極々一般的な子供のおやつ


「フォー、林檎パイ好き?」


「……食べた事がないからわからない」


フォーが少し困ったように微笑む


…フォーはいつも


リノはパイを切り分けながら思います。


…フォーはいつも

…胸が引き裂かれそうな切なさを風に撫でられたような微笑で越えるから


パイの下に赤い花が描かれた芥子色の紙をひきます。パリっとしたパイ皮が少し剥がれて落ちました。


…私に話してくれたのが全部ではないのはわかっている

…けれど私にはそれだけでもう胸が潰れるほど悲しかった

 


手がパイで汚れた時ように持ってきた白いお絞りをカゴから出します。


リノは他人の痛みや苦しみに危ういほど同調してしまう子供でした。

学校で先生に鞭で手を打たれている子がいれば、それを見ているリノの手もひどく痛み赤く腫れていることすらありました。





「この林檎パイ、おばあちゃんと一緒に作ったの。もし嫌いじゃないようだったら 一緒に食べよう」

「いいの?」


「うん、私ったらいつも遊びに来てたのに、おやつを持ってくるの忘れてたんだもの。フォーと一緒に食べようと思って昨日から林檎を煮詰めて先刻焼いてきたからまだあったかいはず」



こうばしい香りが小さなテントに広がります。

林檎の甘い匂い


フォーはパイを一口齧ります。

パイの中の林檎はまだ熱いくらいでトロトロに煮詰められていました。


…甘い


「美味しい」



フォーがそう呟くとリノが目を細めて微笑ました。





…どこまでが現実なのだろう


一度の幸運を喜ぶ事は簡単です。


けれども幸せは続けば続くほど恐ろしくなるものなのです。



いつ幸せが終わるかわからないから


いつ不幸になるかわからないから



…『幸福』の何パーセントかは『不安』で構成されている。

…少なくとも自分の場合は。




「あしたも来ていい?」


リノが不安そうに、帰り際になると必ずそうたずねます。


「うん」


何気なく頷きますが、本当はその一言を言ってくれなかったらどうしようと一日中考えています。

どうして「明日も来て欲しい」と言えないのだろう?

帰り際でなく、その日会ったらすぐに言えば会っている時も不安でいなくていいのに。


…こわい



チリン  チリン

     


鈴の音が聞こえます

  

   風も無いのに。




ですます調に統一するべきだった…。

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