はじまり
物語の幸せ
最後には「めでたし」を唱えたい
だから
苦労や困難や差別や偏見や数々の試練を今は語らずにおこう
それらはすべて、今は笑って語れることだから
少年がやわらかい草の上を走っている
小さな黄色い花があちこちに咲いていて風はとても穏やかだ
少年は友人の少女の為に黄色い花を摘んでいる
花冠を作ってあげたら喜ぶかな とか思いながら
黄色い花は茎が柔らかいので上手く冠を作れなかった
不恰好な冠を手に、少年は少し考えた
こんな花冠を少女は喜んでくれるだろうか?
けれど本当はわかっていた
少女はやさしいからこんな冠でも喜んで受け取ってくれると
彼女の黒くまっすぐな髪に この黄色い花は映えるだろう
少年は村の子供達とは少し容姿が違う事を気にしていたが
その事も少女は
「あなたの金色の髪は太陽みたいだし、翠の瞳は宝石みたい」
とかえって羨ましそうに褒めた
他の村の子供達も小さな頃から少年を知っているし
その容姿についてはたまに冷やかしの種にはするものの概気にしてはいないらしい
少年は花冠を横に置くと大きく伸びをした
頭上には蒼い空が永遠とも思えるほど広がっていて頬を撫でる風はどこまでもやさしくて
少しお腹が減ってきた
家に帰ればおやつがあるだろう さっき母さんがタルトを焼いていたから
父さんはきっとまだ患者さんを診ている
お爺ちゃんは昨年から「隠居」をしている 父さん一人で忙しいのだ
お婆ちゃんは母さんが作ったタルトに合う特製ハーブティーを調合しているかもしれない
風邪にも効く少し甘酸っぱい味のやつ
考えたらもっとお腹が減ってきた
きっと母さんはお隣に住んでいる少女にもタルトを持って行くように言うだろうから その時この花冠もあげよう
少年は立ち上がり服についた草を払った
そしてふいに遠くを見遣る
突然
いつもだけれど本当に唐突に歌いたくなる
誰にだとか聞いて欲しいとかではなくてただただ身体から湧き出るのを抑えられなくなる
だからそんな時は父さんと母さんに教えてもらったあの不思議な歌をこっそり歌う
その歌の歌詞はどこか遠い国の言葉らしくて少年にはその歌詞の意味はわからない
でもなんか好きだ
ゆっくり息を吐いて大きく吸い込む
…そして旋律を紡ぐ
*
昔々のお話です
銀色に光る鱗をもった 空を泳ぐ獣がおりました
恐ろしい姿の獣は いつも一人でした
ある日獣は一人の少女に会いました
少女は獣の銀色の鱗を褒めました
獣は少女に恋をしました
いつだってそばにいるから
そらをかけて きみにあいに
*
昔々のお話です
獣は毎晩少女を想い 悩んだ末に決めました
銀の鱗氷霧の牙 その全てを捨てること
母なる月に祈りを捧げます
空を統べる力を捨てるため
ヒトへと姿を変えるため
いつだってそばにいるから
そらをかけて きみにあいに
*
昔々のお話です
ヒトへと転じた獣が村へ 少女に会いに行きました
しかしそこに少女はおらず 風の爪がありました
獰猛な風が村を呑み少女を攫う
小さな少女は空に舞う
救うすべがなかったと
いつだってそばにいるから
そらをかけて きみにあいに
*
昔々のお話です
飛べない獣は空を見ます ヒトはなんて無力でしょう
哀しい獣は気づきます ヒトは涙を流すこと
獣であったなら救えたものを
どこまでも飛び少女を見つけ
獰猛な風を消し去ることも
いつだってそばにいるから
そらをかけて きみにあいに
*
昔々のお話です
ヒトから獣に戻る為 獣は月に祈ります
全てをかけてヒトになり 全てを戻すことは出来ぬこと
己の命を引き換えに
獣は一日限りの獣へと変わる
恐ろしい姿の獣は 銀の鱗を閃かせる
いつだってそばにいるから
そらをかけて きみにあいに
*
昔々のお話です
目覚めた少女は気づきます 優しい獣がいないこと
あたりに散らばる銀の鱗 いくら泣いて戻らぬ命
幸せとはなんでしょう?
冷たい身体の獣を抱いて
少女は月に祈ります
いつだってそばにいるから
そらをかけて あなたにあいに
*
銀の光が届くとき
獣と少女は風になる
手をとりあって互いを包む
いつだってそばにいるから
そらをかけて きみとともに
きっと永久に
執筆期間
2005/04/23 (Sat) 00:03 ~ 2006/09/22 (Fri) 01:26
BGM『ICO-You Were There-』
おしまいです。