おしまいのうた
微かな鳥の声で目を覚ました。
「フォー…?」
夜まで一緒に居たはずなのに…
「フォー…」
もう一度呼ぶ。
こたえはない。
そういえば世界が静かだ。
まだ朝も早いはずと窓を覗くがやはり薄明るい外は日が昇る前であるようだった。
「フォー」
三度目。
フォーは近くに居ない。
ふと 自分が手に何か握り込んでいる事に気付く。
リ…リン
静寂の中で鈴が鳴る。
フォーとつないでいた手に残された一個の鈴。
瞬間
リノは小屋を全速力で飛び出していた。
頭が真っ白になる
風を正面から受けて走っているのに瞬きすら忘れる
裸足に小石が刺さる 枝が頬を傷つける
狭い小道をぬけ神の山の頂上に
思考は停止し言葉は眠る
胸を過る絶望
心を壊す慟哭の衝動
…神様
神様 神様 神様 神様――――――――――――
いくらだって祈るから
いくらだってひれ伏すから
いくらだって跪くから
褒め称えて拝み崇めて敬いますから
だから フォーだけは
だからだから フォーだけは
私から奪わないで
連れて行かないで
神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様
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神様神様神様神様神様神様!!!!!!!!!
空が濃紺から藍へ、藍から群青へ、群青から瑠璃へ
笑い出すのを必死で堪えているような不自然な程の静寂
陽が昇る
全ての朝に間違いなく
握りしめたままの鈴
血の滲む足 引掻き傷だらけの濡れた頬
…声が聞こえる
微かな、けれど絶対的な力をもった声
声は旋律を伴って響く
陽が昇り 空が広がり 海がささやき 風が渡り 神が在ることさえも許す
「フォー!!」
瑠璃から藤へと色を変え陽光を浴び緋をとり込みはじめた空に
刹那さや儚さ弱さや絶望までも含みこまれた歌声は風が震えるようだった
声を辿りけわしい崖を無我夢中で這いあがると拓けた場所に出た
見知らぬ人間や村の重役達が白い服を着てある一点を見つめている
そんな異様な静寂の中でフォーの声だけが響いている
嘘だ
夢だ幻だ馬鹿げた茶番だ
必死で嗚咽をこらえる
だめだ だめだだめだ
だって私はまだ幸福の意味すらあなたに教えていない
村人は陽の昇る一点に重なるフォーを見つめていた
白い服 風に舞う亜麻色の細い髪 手足の鈴
神の所有物である証
山に広がる少年である時期にしか出しえない幻の歌声
そういえばいつだったか「ボーイソプラノは神様の悪戯」なのだと聞いた
一定の期間だけ素晴らしい声を与え突然その声を神は奪う
こんな状況にもかかわらず、リノは一瞬聞惚れた
この歌…
旋律はどこかあの子守唄に似ているが少し違う
しかし歌詞はリノがよく知っているものだった
よく
とてもよく知っている
祈り言葉
物心付いた時には暗唱できたあの詩 忌わしいほど魂の奥底に刻み込まれている
神を称え
神を敬い
神を崇め
神に感謝を捧げる
あの祈り言葉
その詩をフォーが歌うなんて
もしそれが強制であったならリノはその人間を躊躇いなく殺してしまうだろう
小さな身体が憎しみと怒りに支配されそうになる
きつく握り白くなった拳が小刻みに震える
あんなにも綺麗なあんなにも澄んだ声で
どうしてこの詩を謳えるの?
…なにが神だ
信じない 信じられるはずがない
神は私に微笑んではくれなかった
神は私を抱きしめてはくれなかった
神は私の名を呼んではくれなかった
そんな神様にフォーを
・・・・・・・・・・
そんな神様にフォーを?!
リノは前に足を進める
手を伸ばし あなたを掴む為に
この手がある事を証明する為に
ここは走るようにいっきに読んでもらいたい(笑