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逢瀬


「おはよう」


まだ昼前なのにリノがテントに現れました。

フォーは驚き「えっ」と小さな声をあげぽかんとしています。


「今日は学校がお休みの日なの。あ…早すぎたかな?サーカスのお仕事があった?あの ごめんなさい」


途端 少女が不安にかられたようでうつむきます。


「ち ちがうよ、ううん。大丈夫今日はサーカスも休演日らしくて何も言われてない」


あわてて少年は否定し、そしてはにかむように微笑みました。


「おはよう、リノ」




                    ◆



今日も終わりの村は暖かく、空は隅々まで晴れわたっています。

金色の髪をした少女が踊るような足取りで花畑を歩いています。

隣には肩までのびた亜麻色の髪を無造作に風になびかせた少年とも少女ともつかない整った容姿をした子が穏やかな表情で辺りを眺めながら歩いています。


二人の前を白い素朴な蝶々が風にのるようにして飛んでいきました。

二人の視線は自然とその蝶々が飛んでいた先を追います。

白い蝶々が向かう雲一つな空は途方も無く大きくて


けれども


小さな者達を守るように包み込むようにただただ存在しているのでした。








「赤ちゃんに触ったことがないの?」


リノは空色の大きな瞳をまたたかせ思案する表情をうかべました。


「シエラ…昨日遊んだ子よりも小さい子という意味?」


「ええと…シエラくらいの子も初めてだったけれど本当に小さい…あのまだ抱っこされているような…」


「ああ 首がすわっていないくらい小さい赤ちゃんね」



…首?

…人間は始め首が??


フォーは知らず、自分の首に触れていました。


「…生まれたての赤ちゃんは首がぐにゃぐにゃなの。支えてあげていないと後ろにガクンってなっちゃうの」


リノが赤ん坊を抱くしぐさをします。


「だから抱っこするときは気をつけないといけないって近所のおばさんが言っていたわ」


「知らなかった…」


赤ん坊とは本当に本当に弱い生き物らしい。

驚きを隠せぬまま呆然としているとリノが一人ごちる声が聞こえた。


「村に生まれたばかりの赤ちゃんいたかなぁ…」


「ああ いいんだ、昨日シエラに会っちょっと思いだしただけだから」


…赤ちゃんに触ってみたい


ちいさな 願い





「学校で聞いてみるね」


明るい調子でリノが言う。


「洋裁屋のお姉さんがお腹大っきかったけれど生まれるのは2.3ヶ月なんだって。フォーがずっとこの村にいられれば抱っこできるのに」


「そうだね、でもそれは無理かも」


「……」


「……」


寂しそうにリノが微笑む

だから 微笑かえそうと努力してみるが


うまくできない


自分はきっとひどく滑稽な表情なのだろう。


チリリン


風が吹いた


「あっ」


持っていたバスケットの上に被せてあった白いハンカチが風に舞い上がりました。

バスケットをその場に置きリノは追いかけます。


フォーは一瞬考えバスケットを拾い上げてから後を追いました。


リノの足を見ると自分がバスケットを持って走ったところで簡単に追いつけるのが一目瞭然だったので。



風に踊る白いハンカチ


それを一生懸命追う小さく華奢な少女

後ろから追いかける白い一枚布を纏った少年


終わり無くひろがる青空


風の音


チリン  

     チリリン

         リン








ハンカチがゆれる 穏やかな表情をした木の枝で


「あ――…」


「ひっかかっちゃたね」


「うん、結構高い…」


その木は半分ほど葉を落としていましたが枝ぶりはしっかりしているように見えました。


「自分がとってこようか?」


フォーは幹に手をかけます。

けれどリノはあわてて首を横にぶんぶん振り


「私が登る!」


と フォーを制しました。


「でも…」


フォーは困った顔で立ち尽くします。

正直、リノは運動神経がよさそうには見えません。

先刻走っていた姿や今なお息を切らしている様子を考えると「良くない」よりも「とてつもなく悪い」といった感じが否めません。


「私がとってくるわ、だって私がとばしてしまったんだもの」




リノは確かに、「いかにも女の子」といった姿で「いかにも女の子」といった事が得意です。

つまりそれ以外の「女の子だからいい」と大人が笑っていうような事(それは運動だったり虫が苦手だったり泣き虫だったり)はまずすべてがダメでした。




…悔しい といつも思っていた

…まるでそれじゃ私は「女の子」のドーリス(理想)を目指しているみたいじゃない


そうじゃないのにそうじゃないのにそうじゃないのに


気持ちとは裏腹に、リノは自然にそうだったのです。


…だから 「とばしちゃったハンカチを男の子にとってきてもらう」なんて私は自分を許せない


そう 口にこそ出しませんでしたがリノは幹に足をかけました。







「気をつけて」


心配そうにフォーが手をかしてくれます。


「うん ごめんね」


…ごめんね、素直な女の子じゃなくて

…ごめんね、あなたに「ハンカチをとってくれた「勇敢な少年」の役をしてもらうことができなくて



それでもあっさりと、リノが木に登ることを承知してくれた少年を心底感謝しました。

これが村の男の子だったら無理にでも「おまえは女だからいいんだよ」とリノをおしのけたことでしょう。



強がり

意地っ張り

頑固


…やっぱり私はどうしょうもなく「女の子」なのね


リノは木にしがみつきながら小さくため息を吐きました。









…大丈夫だろうか


危なっかしい手つきで弱弱しい足取りで


どう見ても慣れていないことをやっているであろう小さく華奢な少女。


…でも彼女は見た目からは考えられないほど

…激しく強い人間らしい


大人しくおどおどとした少女と

恐ろしい団長に怯みもせずに向き合った少女


…怪我をしないでほしい


この小さく華奢な少女が木の上から落ちてきたら、はたして自分に受け止められるだけの力があるだろうか。







ざわざわざわざわざわ


リン

   リィ ン チリン

 チリン


風がたまに強く ごわっと吹くのがたまらなく恐ろしく感じます。


大きな木と小さな子供

突き抜けるような青空

広がる草原


しっかりと見開かれた目に映る世界。

裸足の足の裏で踏みしめる草は少し水分を含んでいてやわらかくしなっています。

白い服の裾を絡める風はぬるく木の隙間から差し込む陽射しは温和でした。


けれどもそんな気持ちのいいすべても、頭上で危なっかしく動いている少女に気をとられている今は感じることすらできないでいます。



…こわい

…人が目の前で危険にさらせれているのは自分が危険である場合よりもずっとこわい


次の瞬間

次の瞬間こそ絶対に足を滑らして落ちるであろう瞬間をもう何十回も見ているのは心臓によくありません。


自分が登っているわけではないのにフォーは背中に嫌な汗をかいていました。







…思っていたよりも高い


リノは一心にハンカチを目指して登っていましたが頭の片隅では「どう考えても危険」だと理解していました。手の平は汗ですべり枝を上手くつかめません。


…まずい、まずいまずいまずい


眉間にしわをよせ、けれど下で心配している少年に自身の不安を気取られぬようできるだけ急ぎ登る。


それは無謀 という行為。




「リノっ」


短く 鋭い叫び


「え」


少女の身体が傾いだ瞬間


手を滑らせた少女よりも下から見ていた少年の方が早く気づきました。




ザワザワザワザワザワザワ


   ザザザザザッ


    ザッ ッザ ザッ


半分ほど枝に残っていた葉がごそりと落ちてきました。

恐怖から叫ぶことできず軽い身体は枝に幾度もぶつかりながらまっすぐ少年の上に落ちていきました。






…無理だ







リノが落ちてくる瞬間フォーはとっさに手を広げましたが、二人の体格にさほど違いはないのです。


…自分では支えきれない。



自分は絶望的に無力

白い一枚布からむき出しになっている細い腕

ともすると立っていることが精一杯といった様子の枝のような両の足


『ゆっくり大きくおなり』


…でも 自分は

…今こんなにも子供の身体が憎い






リノはそっと目をあけ、顔の前で組んでいた腕をどけました。

足や腕があちこち痛みますが擦り傷程度ですんだらしく手も足も動きます。


少年の短い叫び声を聞いてから頭が真っ白になってすぐにきつく目を閉じてしまったので地面にいる今もまだ少し混乱しています。


「…大丈夫?」


小さな声が


身体の下から


「っっつ!!!!?」


反射的に飛びのくと流石にあちこち痛みましたがそんなことはまったく気になりませんでした。



「フォー?!」




…無理だ


そう結論に達した次の瞬間フォーはリノを受け止めることはあきらめました。

その代わり自分の身体を使って衝撃を殺すことにしたのです。




「ごめん ごめんねフォー私がフォーの真上に落ちてしまったのね?ああ  あああああぁぁ…私が意地をはったから私が自分の愚かさをみとめなかったから…っ!!」

動揺からか少女は早口に謝罪と自責の呪詛を唱え仰向けに倒れている少年の肩を揺さぶりました。


「…リノ、ごめん痛い…」


ほぼ半狂乱の状態のリノとは対照的に少年は小さな声で申し訳なさそうに呟きました。



「え?あ ご ごめんなさい!!腰うったの?私が上に落ちてきたから骨が折れたの?!ど どうしようどうしよう…ごめんなさい 私が重いからっ」



リノがあわてて手を離すと意外にも少年はさほど苦しむことも無く起き上がりました。


「そんなことないよ、思っていたよりも衝撃が無かった。おそらく、枝がしなって助けてくれたのかも。」


「どこか痛まない?」


「うん、たいしたことはないから大丈夫。リノも平気?受け止められなくごめんね」


「そんなこと…!」





チリン チリン 

      チリリン リン

 

風がまたごわっと吹きました。


「「あっ」」


木にひっかかっていた白いハンカチがひいらり 二人の足元に落ちてきました。





1ストーリーなのでまとめて更新

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