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たんぽぽ


チリン チリン


顔を上げると果てを知らぬ空がどこまでもどこまでも高く広く

頬を撫でる風は心地よく、裸足で踏む地面にはやわらかい草が生えています。

白い一枚布の服は薄手でしたが午後の日差しは暖かで風がハタハタと裾を遊ばせました。




横を見ると

金色の髪をした透けるように白い肌の少女が、骨の髄まで沁みこんでしまった寂しさや苦しさや絶望を抱きしめ溶かすように微笑み


「行こう」



と 小さく折れそうに細く白い手を差し出しました。



…ああ やっぱりそうなんだ

…これは『神からの最期の慈悲』



…『リノ』

…天使は神の使い


…神が自分にリノを遣わしたのだろうか?


…だとしたら こんなにも愛らしい少女を遣いにするなんて



…神は悪魔だ






水車小屋は小麦の収穫の時期以外とても静かな場所です。

今は小さな子供とその母親がのんびり散歩をしたり

仲の良い老夫婦が薬草を摘みに来たりしている姿が見られます。

シャラシャラシャラ…


水が水車をまわします。

穏やかに、子供の笑い声のような音をさせながら。



リノは顔見知りの母子連れに小さく会釈をしてか綿毛をつけたタンポポをつみそっと吹きました。


白い綿毛は風に乗り楽しげに舞いました。


まだ歩き始めたばかりらしい小さな子供が高い声で笑い綿毛を掴もうと手を伸ばしています。



「フォーのいた村にもタンポポは咲いていた?」



「タンポポ………」


「うん、今は綿毛だけど。花は黄色ですごく可愛いの」



…黄色い花。

…ああ そうか、あの花は枯れていたのではなくて

…綿毛になる準備をしていたのか。



外で食べるといつもよりお菓子が美味しい気がするの。

と リノが真面目な表情と呟きます。

フォーは頷きながら、けれど と考えます。

リノと一緒に食べた菓子はいつだって驚くほど美味しかったと。



すると菓子のにおいにつられて綿毛を追っていた子供がフォー達に近づいてきました。

2人のすぐ傍まできても子供の母親はにこにこと微笑んでいます。

フォーは緊張に身を硬くしましたがそんな事を知ってか知らずか子供は小さな小さな手でフォーの頬に触れました。



「ねぇね ねー?」

まだ歩くことになれていならしい子供はフォーの頭につかまり立ち、くるくるとよく動くおおきな瞳でじっと見つめてきました。


「ねぇね?」


「??」


子供はなにやらしきりに首をかしげ言葉らしきことを言っていますがフォーには理解できません。

そうでなくとも、小さな子供に触れられている緊張で身体が固まってしまっているのです。

そんなフォーの様子を尻目にリノは隣でクスクスと笑うばかりでした。


「シエラ、だめでしょ?ごめんなさいね、おやつのお邪魔してしまって」


のんびりと見守っていた母親が微笑みながら近づいてきました。


「おばさん、シエラはなんて言っているの?」


リノは知り合いらしいその母親に尋ねます。

母親はちょっと困ったような表情をしてからフォーに気遣うように微笑みました。


「ええ、そのね…そちらの綺麗なお友達がお姉ちゃんなのかしらお兄ちゃんなのかしらって」


リノは「ああ それで『ねぇね?』なのね」と納得しています。

しかしフォーは一瞬なんの事だかわけがわかりませんでした。

フォーは村で異質な者として誰からも知られていましたし、サーカスでも親密な団員とのかかわりがなかったのでそういった誤解は今までされたことがなかったのです。


…自分は性別すらわかんないような容姿なんだろうか


フォーの頭の中ではなにやらぐるぐると衝撃が渦巻いております。

そして もしやと思い、恐る恐るリノに向き直りました。





「リノ。…リノは知っている?」


フォーが少年であることをわかっている?


「…………」


リノはタルトを持ったまま硬直しています。



…リノ 知らないんだ


フォーはなんだかとても情けない気持ちでいっぱいでした。



目の前でくりひろげられている微妙な空気を感じとったのか、シエラとよばれた子供の母親は気遣わしげにフォーに言葉をかけました。


「美人さんは中性的に見えるそうよ?……女の子よね?気にしないであなたはとても可愛らしいわ」



…性別がわからない場合はとりあえず「女の子?」と聞いておけば間違いない。

…なぜならばもし違っても「まぁ!やさしい表情だからてっきり」と驚いてみせれば事なきをえるのである。



リノは以前祖母に教えられたそんな話を思い出しました。

けれどもそれは赤ん坊に対してであったように思われました。

現にシエラの母親の言葉を聞き、フオーはどう見ても落ち込んでいるようでした。


「えっと、フォー…?」


「ねぇねー?」


小さなシエラは何も知らずにはしゃいでいます。

母親はフォーの近くに座りシエラを膝に乗せました。

そして少し申し訳なさそうに


「シエラ、『にぃに』よ。『お兄ちゃん』。ママもあんまり可愛いからまちがえちゃったの。ごめんなさいね。きっと今にかっこよくなるのよー?シエラお嫁さんにしてもらうー?」



とシエラをあやしながらあやまりました。

するとシエラは母親の手をむずがり、フォーに手をのばしました。


「まぁ、すっかり気に入っちゃったのね」


満面の笑みで手をのばすシエラを驚いたようにフォーが見つめました。

その様子を見て母親が微笑みました。


暖かな午後です。

いつまでもいつまでも 日が差しているように子供からする甘いミルクのにおいのように白い綿毛はまたひとつ風で消えました。




母子はその後少しリノ達と言葉をかわすとシエラの昼寝の時間だからと帰っていきました。


「可愛かったね、シエラ」


「うん」


「フォーは男の子だったんだね」


「…うん」



「…私は女の子だよ?」


「……うん」



少年と少女は同じようでいてもしかしたら男と女よりも違う生き物です。




砂糖菓子と花といろいろな可愛らしいもの

そして残酷と頑な

恐ろしいほどの思い込みと

戦慄するほどの激しさ

自分が少女であることを本当はいつだって憎んでいる




鉄屑と銃とたくさんの希望

そして無知と刹那さ

悲しいほどの純粋さと

絶望するほどの鋭さ

自分が少年でなくなってしまってもその事を受け入れられない





だから


あまりにも不安定であまりにも心細くて

自分だけで手一杯なくせにいたたまれなくて


手をつないだのかもしれない





「そろそろ帰ろうか」


「団長さんが怒るといけないものね」


「…明日も来てくれる?」


「明日も会ってくれるの?」



チリン



久しぶりに 明日があることが

久しぶりに 明日になることが


チリン チリン 



        チリン




すでに矛盾が出てきたぞ…

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