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ラズベリータルト


『じゃぁ また明日』


フォーと一緒にいるとまっすぐ世界が見つめられる。

顔をあげて歩ける気がする。


些細な事にいちいち怯えて生きている自分をフォーの側にいると許してもいいという気持ちになれる。


…もしかしたら、これは愛情とか恋とかいう感情によく似ているのかもしれない。


まるで他人事のようにそう考えながらリノは今日もお菓子の入ったバスケットを手にサーカスのテントへと向いました。


サーカスが始まって4日、つまりリノ達が出会ってから6日目の午後。

空は眩暈がするほど美しい蒼でした。



「フォー、はいってもいい?」


「リノ?うん どうぞ」



いつもと同じ最初の会話

けれども今日はそれが悲劇のひきがねになったのでした。




「フォー、誰かきたのか?」




リノが布を捲くりテントに入った瞬間テントの外から男の声がしました。

そして声の主がテントに近づいてくる足音も。



「団長…」


フォーが心なしか血の気の失せた顔で小さく呟きました。



乱暴にテントの布が捲られました。

二人はぴたりと動きを止め息をすることさえ止め、凍りついたようにテントの入口に視線を固定していました。

背の低い赤ら顔の中年の男がいかめしい表情で姿を表しました。


「お嬢ちゃん、この村の子だね?」


ねめつけるようにリノをジロジロと見ると今度はフォーに視線を投げ


「大人しくしていろと言っただろ?!誰が人を居れていいと言った?誰が飯を食わせていると思っているんだ?いくら田舎のガキだからといって自分の立場ってもんを理解できないのか!!」

 


と いらただしげに吐き捨てました。

それはそういう言葉を幾度も幾度も口にしている人間独特の逆らうことを赦さない、言われた者に自分が虫けらであるような錯覚を持たせる、ひどく威圧的な口調でした。

それからもう一度リノを見遣ると


「お嬢ちゃんも勝手にテントに入るなんて駄目だろう?サーカスだってお金を払ってみるもんだ。こんなとこでこそこそしているのは泥棒だぞ」


フォーに対する口調よりはいくぶん抑えてありましたが、小さな子供でしたらすぐに泣き出してしまいそうな低く凄みのある声でリノを叱りました。



リノは叱られるコトに弱い子供です。

しかもこんな見ず知らずの大人に、近所の人や学校の先生ではなく まったく知らない大人に恐ろしい形相でにらまれて。


「ごめんなさい団長、リノは自分が…」


「お前は黙れ!!!!」


フォーが言い終わらぬ前にテントが震えるほどの声で団長が鋭く叫びました。


大の大人でもすくんでしまうような激しさを前にして、しかしリノはすっと顔をあげました。

涙はありません、かわりにその明るい空色の瞳は冷静な銀色の光を湛えていました。



「私フォーに村を案内してあげたいの。いいよね?団長さん」


それは唐突に。

あどけない口調、無邪気な笑顔。


「な…?」


今までの会話をまるで無視したような少女の発言に団長は一瞬毒気を抜かれ目を丸くしました。



「だってね フォーずっとココにいるんだもん!サーカスの出番じゃない時もずーっと。もちろん、サーカスのお手伝いが忙しいのはわかるけど折角お友達になったのに、一度もお外で遊べないの。そんなのおかしいでしょ?私のパパだって『子供はお外で遊びなさい』って言うわ。私のパパ、神様にお仕えするお仕事しているの。あ そうだわ!団長さんもパパに会ったでしょ?パパ、この村の代表も兼ねているから。…ねぇ団長さん、フォーとお外で遊んでもいいでしょ?夕方になるまでには帰ってくるわ!学校の先生もね『サーカスの人達に親切にしましょう』って朝礼で言ったわ。私フォーに村を案内してあげたいの。    いいでしょ?」



空色の大きな瞳が汚れを知らぬ様子で団長を見上げています。

少し舌っ足らずな喋り方は少女の幼い顔立ちと相成り無条件に保護を約束された者にしかだせない傲慢なまでの純粋さを発していました。



「いいでしょ?」



…駄目だなんて 言わせない。




「別におじさんがこの子を閉じ込めているわけじゃないんだよ」


先刻とはずいぶん態度を変え、いいわけをするようにそう言いました。


「お嬢ちゃん、サーカスは子供をひどく扱うなんていうよくあるおかしな噂を聞いたのかい?あれは真っ赤な嘘さ。君のお父さんはジェロウ神官だね?立派な方だ!!私達サーカスの事をこの村に来る観光客にも広めてくれると言ってくださった素晴らしい方だ!…いや そんなことはいい。ともかく、おじさんはちっともココを出ちゃいけないなんて言ってないんだよ、この子を閉じ込めてるなんてデタラメ話を村の人やお父さんに言うんじゃ無いぞ?」


リノは先刻からずっと団長を見つめたまま居ましたが一瞬俯き、うすく 嘲笑しました。


「でも、フォーは出られないようなことを言ったわ」


「それはきっとおじさんが『あんまり村をうろちょろすると迷子になるから』と注意していたからだよ」


団長は慌ててそう言うとフォーを見遣りそうだよな とねこなで声を出しました。


「…はい」


フォーが小さく頷きます。


「そう!良かった!!これで村を案内してあげるわ。」



「あんまり遠くに行っておじさんを困らせないでくれよ?…フォー、わかっているな?」


前半はリノに、理解ある大人を装った笑顔で。

後半はフォーに同じく表情は笑顔で、しかし冷たく言い放ち、団長は乱暴に布を捲くりテントを出て行きました。







数秒の沈黙


「こわかった…」


そう呟くとリノはペタリとしゃがみこみました。

今頃になって背中がざわざわとしてきます。

けれども恐ろしい思いをしただけの事はありました、フォーを軟禁状態から外に連れ出せるのですから。


「だいじょうぶ?リノ」


気遣わしげにフォーがたずねます、そしてあの ひどく儚げで硝子のように透明な微笑みを浮かべながら言いました。


「ありがとう」




…ああ もしかしたら人は

…自分の為よりも大事な人の為に

…強くなれるのかもしれない



リノはふと そう思いました。

先刻の行動や言動はいつものリノからは考えられないものばかりだったから。



「フォー、今日はラズベリータルトを焼いてきたの」


「私が小さい頃 おばあちゃんによく連れて行ってもらっ た東の水車小屋近くに行ってみない?そこなら村の近くだし。きっと今の時期はタンポポの綿毛が綺麗だと思うの。」



持ってきたバスケットを掲げ、リノはやわらかく微笑みました。


ラズベリータルトなんて食べたことないけどね。

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