第十章 閉ざされた道 (7)
北都の宿舎の中へと、足早に入っていく侍女がいた。目深に頭巾を被った彼女は布の包みを大事そうに抱え、脇目も振らず宿舎の一番奥の部屋へと向かう。
何ら躊躇うことなく扉を開けた彼女を迎えたのは、冷ややかな視線だった。部屋の端に置かれたベッドの傍、椅子に腰を下ろしたリョショウが彼女を睨んでいる。
突き刺さるような視線に臆することなく、彼女は頭巾に手を掛けた。
「遅くなってごめんなさい」
頭巾の下から露わになるリキの顔を確かめると、リョショウは安心したように小さく息を吐いた。
「どうだった? 隣の中庭は? 他に何か分かったか?」
「ええ、見事な庭だったわ」
リキは素っ気なく返して、慌ただしくリョショウの元に歩み寄る。彼女らしくない態度に首を傾げながら、リョショウはベッドへと目を向けた。
「手荒なことをして済まなかったな」
と言って、リョショウが膨らんだ布団をそっと開く。
そこには口には轡をされ、後ろ手に縛られて横たえられた若い女性。目を潤ませて震えている彼女こそ、リキが衣装を拝借した侍女だ。
「待って、そのままにしてて。今すぐこれに着替えてきて」
侍女を縛っている紐を解いてやろうと手を伸ばすリョショウを、リキは強い口調で制止した。そして抱えていた布の包みを、振り向き様にリョショウに押し付ける。
「これは何だ?」
「お願い、急いで着替えて」
受け取った包みを眺め、リョショウ怪訝な顔をする。さらに何か言いたげなリョショウの顔を正面から見据えて、リキは声を潜めた。
「今すぐここを離れるわ、ここに居てはいけない」
リョショウは顔を引き攣らせた。言葉よりも間近で告げるリキの表情から、何らかの危険が迫っていることを察知することは簡単なことだった。
黙って頷き、包みを手にしたリョショウは隣の部屋へと向かう。彼の姿をベッドの上の侍女が、不安げに見送っている。
「申し訳ないけど、あなたの衣装は頂いていくわ、それと……私が隣の宿舎に行ったことは決して誰にも話さないように、お願いね」
侍女の傍らに屈み込んで、リキは柔かに微笑んだ。胸元に忍ばせた懐刀をちらりと覗かせて。
決して本意ではないが、仕方ないと言い聞かせる。そして侍女が頷くのを確かめると、リキは部屋の荷物を手早く纏め始めた。