第十章 閉ざされた道 (5)
いつの間にかサイシが顔を上げて、イキョウを見つめている。サイシを気遣う夫と共に、イキョウの言葉を聞き漏らすことのないよう真っ直ぐな眼差しで。
リキの手が自然と胸を押さえているのは、きっとイキョウが只ならぬ事を語るのだろうと気づいたからだ。
皆の視線を集めたイキョウは、シュセイへと目配せしてから口を開いた。
「丞相は東都には北都からの使者は来ていないと言っていたが、リキ殿の話とは食い違っているようだ。では東都に向かったはずの北都の兵士らはどこへ行ったのだろう? 東都へ向かう途中で何らかの事情があって到着しなかったのか……もしくはカンエイの追手に捕えられたか?」
「その可能性もありますが、東都に到着したものの助けを求める前にどこかで遮られた……または助けを求めた後、何者かに揉み消されたということも考えられませんか?」
イキョウの問い掛けにシュセイは何らためらうことなく答え、さらに疑問を投げ掛けた。彼の自信に満ちた表情に、サイシと夫は顔を強張らせる。
しかしイキョウだけは、答えを待っていたと言わんばかりに顔を上げた。
「そうだとしたら大問題だ。もし使者の訴えを揉み消すとしたら何のために? 陛下だけでなく丞相の耳にさえ届いていないというのだ、何者かがカンエイと内通して不都合な情報を消そうと考えるほか……」
「まさか、そんなことあり得ないでしょう。北伐は北都だけでなく蔡と燕との国同士の問題です。その危急の事態を揉み消すなど、誰に出来るというのです? 国の意志に反する問題ですよ」
平然と語るイキョウの言葉を遮り、サイシの夫は大きく首を振った。
北伐の発端は北都にあるとはいえ、蔡と隣国である燕との国同士の争いに違いない。北都は燕に接している前線でしかない。その最中に起こった予期せぬ事態が、カンエイの造反だ。
もし北都の事態を既に聞き及んでいるのなら、燕がカンエイの後ろ盾になっていないと分かっているのなら、なぜ東都は軍を動かそうとしないのか。カンエイだけを討つためなら、すぐにでも兵を動かせるはずだ。東都には東都都督の直属の精鋭部隊が残っているのだから。
リキは胸騒ぎを抑えることが出来なかった。自分の知らない所で起こっている事態が思っている以上に大変な事ではないかと思うと、隠れていた不安がゆっくりと頭を擡げる。