第十章 閉ざされた道 (3)
北都の宿舎の周りには、何人もの兵士らが取り囲んでいる。その警備は、隣の西都の宿舎とほとんど変わらない。王の祝賀会に北都からの参列者はいないため、公には北都の宿泊者はいないと思われている。そんな宿舎の警備にしては、厳重過ぎるのではないかと不自然さを感じさせた。
北都の宿舎の門から出ていく一人の侍女の姿があった。彼女は俯き加減のまま衛兵らに会釈すると、足早に西都の宿舎の方向をへと向かう。衛兵らは彼女の行方など見向きもせず、談笑を続けていた。
北都と西都の宿舎は全く同じ造りで隣り合っているとはいえ、対称的な造りのため門の距離はかなり離れている。西都の宿舎の門を潜る下働きの一群に紛れて、侍女の姿は消えていった。
西都の宿舎の玄関を入ると北都の宿舎と同じく広々とした休憩所が設けてあり、点在する椅子に数人の男女が腰を下ろして会話を楽しんでいる。
その空間全体を包み込むように、涼やかなせせらぎが響いていた。透き通る水の緩やかな流れが、水際の小石を洗いながら煌びやかに照らし出す。敷き詰められた様々な形をした石は、あたかもそこに堂々とした川が流れているかのように壮大な景色を映し出す。
中庭と思えない光景に、呆然と立ち竦む一人の侍女の姿があった。先ほど北都の宿舎から出てきた侍女だ。
「これが西都を流れる江……」
溜め息と共に呟いて、うっとりと目を閉じる。せせらぎに耳を傾けると体中に心地よい音が巡り、洗い流されるように清々しい気持ちになっていく。
やがて侍女は、せせらぎの中に混じる音に気付いた。それは水の流れには不釣り合いな音。
鈴の音だと気付いた侍女は、はっとして目を開けた。
ぐるり見回すと、玄関の休憩所の一角で侍女に向けて手を挙げる女性の姿。彼女の向かいに座る男性の手には、大きな鈴が揺れている。
我に返った侍女は自分の服装を確認し、ようやく自分が呼ばれたことに気付いた。慌てて男女の元へと歩み寄り、跪いて一礼する。
「申し訳ありません」
「いいのよ、こちらこそ急がせてしまってごめんなさいね、さぁ立って」
女性の労りに満ちた柔らかな声に、侍女は顔を上げた。驚いたような彼女の反応に、女性はどうしたのかと言いたげに首を傾げる。
「あなたは……」
侍女と目を合わせた途端、女性は顔を強張らせて言葉を失った。