第十章 閉ざされた道 (2)
部屋に戻ったリョショウは、乱暴に椅子を蹴飛ばして縁側へ出た。腰を下ろして不機嫌に黙り込むリョショウの後を追って、リキも隣に座る。
「仕方ないわ、陛下のお体が一番大事よ。陛下は天子様なんだから、何かあっては蔡の国にとって大変なことよ」
リョショウの横顔を覗き込んだが、リョショウは口を尖らせて見向きもしない。まるで我が儘な子供のようだと、リキは溜め息を吐く。
「大丈夫、一日ぐらい大丈夫よ、明日こそは会えるわ」
自分自身にも言い聞かせるように、リキは頷いた。
リキも内心はがっかりしていた。北都に残した皆のことを思うと、少しでも早く王に援軍を派遣してくれるよう頼みたい。
今日は叶わなくとも明日こそは、と胸の中で何度も繰り返す。
「アイツはいい加減な男だ、信用出来ない」
リョショウは呟いた。はっとしてリキは顔を上げる。ともすれば沈みそうな気持ちに、手を差し延べられたような気がして。
「モウギ殿はどんな人なの? 東都軍の中でも上位の人なんでしょう?」
「アイツの親父が昔の乱で功績を挙げたらしい、それから俺の親父と親しくなって出世したんだ、親父に気に入られただけだ」
そっぽを向いたまま、リョショウはぶっきらぼうに返す。それだけで彼のモウギに対する気持ちは十分分かった。
「あまり好きじゃなさそうね」
「ああ、嫌いだ。何の功績かは知らないが、息子のアイツが調子に乗ってるところが気に入らない」
いかにも感情の篭った口調に、リキはくすりと笑った。以前カンエイに対しても、同じような事を言っていたことを思い出す。
「嫌いな人が多いのね、好きな人はいないの?」
するとリョショウの横顔が僅かに引き攣った。気付いたリキがじっと見つめるとリョショウは振り向き、
「いる訳ないだろう」
と言って立ち上がり、足早に部屋の中へと入っていく。
首を傾げるリキの耳に、微かなざわめきが届いた。辺りを見回すと、それは塀の向こう側から聴こえてくるようだ。
リキは庭へ飛び降りて、塀の裾を流れる小川へと駆け寄った。小川のほとりに立つ木の傍らで、息を潜めて耳を澄ませる。
それは何人かの話し声。時折笑い声が混じり、楽しげな様子が窺える。
リキは耳を傾けながら声のする方、塀を見上げて目を輝かせた。