第九章 祭りの影に (11)
宿舎の玄関は大きいが簡素で、ほとんど飾り気のない扉も高さの割には寂し過ぎるのではないかと感じるほどだ。見渡した建物の外壁も、光沢のない落ち着いた色合いをしている。二重の塀で囲まれた建物にしては、地味な印象を受ける。
拍子抜けした顔をしたリキの前で、ゆっくりと扉が開いた。
「さあ、どうぞお入りください」
モウギが促した先には開け放たれた空間が広がり、ゆったりとした椅子が点在している。ここは招かれた宿泊者らが気軽に寛ぐことの出来る空間になっているのだろう。
その向こう側に見える景色に、リキは目を奪われた。
豊かな緑を抱えた木々が緩やかな丘を成し、木々の隙間を縫って流れる小川が庭の真ん中にある池に向けて注ぎ込む。澄み切った水を湛えた水面が、降り注ぐ日差しを受けて煌めいている。
広さはさほど驚くほどではないが、そこに凝縮された豊かな景色。
中庭とは思えない目映さに、リキは見惚れて言葉を失った。その傍らにモウギは歩み寄り、静かに口を開いた。
「いかがですか、王城の中庭に劣らぬ素晴らしい出来映えです」
「美しい中庭だわ……王城の中庭は、ここよりももっと広いの?」
「もちろん、ここより数倍広く、庭に下りて散策したり休憩することもできます。ここはこうして眺めて頂くだけしか出来ませんが」
モウギはあたかも自分の屋敷の庭であるかのように、誇らしげな顔をして話す。彼の話し方がおかしく感じられるばかりか、リキは小馬鹿にされているような気がして仕方ない。まるで、このような見事な庭は北都にはないだろうと言っているようで。
「東都にはこのような庭だけでなく、建築や文化など美しく優れたものが数多くあるのです」
モウギの至って丁重な口調に、リキは確信すると共に複雑な思いでいた。
彼の言葉から東都に住む者が自分達が優位であり、北都や西都を軽視しているのだと改めて思い知らされたのだから。
「この庭は王城の中庭を手掛けた庭師が造ったんだ、もちろん隣の宿舎の庭も」
不意に飛び込んだリョショウの声に、リキは驚いて振り返る。今までそっぽを向いて黙っていたのに、何事かとリキはきょとんとする。
「ここの庭は宿泊者しか見ることは出来ない、よく見ておけよ」
リョショウの見せた笑顔は、リキの胸に燻る気持ちをゆっくりと消していった。