第二章 迫る不安の影 (3)
「カンエイ殿?」
「リキ殿、宴はまだ終わっておりませんぞ。お加減でも悪いのですかな?」
カンエイは目を細め、笑みを浮かべた。その不気味さから目を逸らし、
「いえ、どうぞご心配なく」
と、リキは軽く会釈した。
そして逃げるように広間を出たが、カンエイは後を追ってくる。
「リキ殿は、おいくつでしたかな?」
「十八です」
カンエイの問いに不快感を覚えながらも、リキは小さく答えた。
決して振り返るつもりはないリキの後を、カンエイは一定の間隔を保ちながら追ってくる。
「残念ですなぁ。あと二年あれば、この戦が初陣となりましたのに」
カンエイはリキの触れられたくないところを知っているかのように刺激する。努めて平静を装うが、リキは内心穏やかではない。
「リキ殿の腕前を、是非とも拝見してみたいものですなぁ」
背後で笑うカンエイの顔が浮かび、嫌悪感が沸き上がる。
リキは都督府の裏口へと足を速めた。
都督府と隣接する都督の屋敷の間の塀には小さな通用口があり、正面入口を通ることなく裏口から行き来が出来るようになっている。
その扉の前でリキは立ち止まった。急いだつもりだが、カンエイの足音はすぐ後ろで聴こえる。
「では、私はここで」
リキは会釈したが、カンエイの返事はない。
扉を開けて踏み出そうとした瞬間、リキはカンエイに体当たりされて外へと押し出された。
共に裏口から出たカンエイはリキの腕を掴み、あっという間に扉に押さえつけた。
「カンエイ殿! 何のつもりですか」
カンエイの手を振り解こうとするが、固く握られていて放れない。咄嗟に蹴り上げようとしたリキの脚は、カンエイの体がのし掛かり押さえつけられてしまった。どんなに体を捩らせても微動だにしない。
カンエイの背後から差す月明かりで表情を窺うことが出来ず、ますます不気味さが増していく。
リキの耳に宴席の賑わいが微かに届いた。
「だっ……」
助けを呼ぼうとしたリキの口を素早く手で塞ぎ、カンエイはにやりと笑う。
「静かにしなさい」
カンエイの低く篭るような声に、リキは恐怖を感じた。さらに意に反して脚が震え出す。
「剣術に長けると聞いたが所詮は女。可愛いものだな」
屈辱的な言葉だった。こんな男に対して何も出来ない恐怖と共に憎悪が込み上げる。
「怖がらなくていい。どうだ? 私の元に来ないか?」
カンエイが体を強く押し付けながら、ゆっくりと顔を近付ける。
リキの目に涙が滲んだ。