第九章 祭りの影に (8)
リョショウとリキはモウギという男に連れられて、大通りに面した都督府の一室に案内された。
小さな部屋の真ん中にはテーブルと椅子だけが置かれ、飾り気は全くない。殺風景な部屋の壁の上部の小さな窓が一つだけあり、日差しとともに柔らかな琴の音色が零れ落ちてくる。
その音色に耳を傾けながら、リキはリョショウをちらりと見た。
椅子にもたれて腕を組んだリョショウは、扉を見据えている。見るからに不機嫌な表情は、とても話しの出来る状態ではなく話し掛ける隙もない。
モウギは二人を案内し、少し待つよう言い残して部屋を出て行ったきり戻らない。それもリョショウが不機嫌になっている原因のひとつでもある。
会話もなく、ともすれば険悪な二人を宥めるように琴の音色が部屋に優しく響いている。リキは目を閉じ、耳を澄ませた。澄んだ琴の音に身を委ねたい気持ちだったが、胸の内ではリョショウに尋ねたいことがぐるぐると巡って行き場を無くしている。
再び目を開けたリキは、頬杖をついてリョショウをじっと見つめ始めた。
明らかに何か言いたげなリキに気づきながら、敢えて知らぬふりをしているのは明らかだ。それでもリキは辛抱強く視線を注ぎ、リョショウに訴える。
ふと腕を組み直し、リョショウが溜め息を吐いた。
「何が言いたい?」
ついに根負けして、むっとした顔で振り向く。
得意げな笑顔を見せたリキは、テーブルに肘をついて身を乗り出す。
「綺麗な琴の音がするわ、陛下の祝いの席で奏でられてるのでしょう?」
リョショウは一瞬きょとんとした顔をした。彼にとって意外な質問だったのだろう。
しかしすぐに元の不機嫌な表情に戻ると、
「そうだ、太子の琴の音だ」
と素っ気なく返す。
「王太子? こんな美しい音色、今まで聞いたことがないわ」
リキは窓を見上げ、目を閉じる。うっとりした横顔を見ていたリョショウは、僅かに口角を上げた。
「太子の琴を東都で知らない者はいない。北都では聞いてないか?」
「ええ、北都ではあまり琴を見かけないもの」
「そんなはずないだろう、お前も奏でてみたいか?」
予想外の問いにリキは暫く考え込んで、口を尖らせた。
「私には無理だわ、聴いてる方が向いてる」
「尤もだ、お前が奏でる姿を想像出来ない」
リョショウは笑った。
 




