第九章 祭りの影に (1)
ゆるりとした風が通り抜けていった。
青一色に染まった空を照らし出す陽射しは道行く人たちだけでなく、路傍に咲く小さな花たちにも平等に優しく降り注ぐ。存分に陽射しを浴びた木々の緑の匂いを孕んだ風が、人々の鼻先を擽りながら空高くへと舞い上がる。
それらを感じながら細い田舎道を歩む人々は、一様に穏やかな表情をしている。ここにある全てが、ゆったりとした風の流れに身を任せているように。さらには時間の流れまでもが、緩やかに過ぎていくのではないかという錯覚さえ感じられて。
人々が目指すのは、東都の街だ。
田舎道はやがて道幅を広げ、街道へと姿を変えていく。道に溢れる人の数とともに道の両脇に建ち並ぶ建物、特に商店の数が増えて賑わいを見せ始める。その景色に少しずつ東都が近付いていることを実感した人々は胸を弾ませ、背中を押されるように歩く速度を増していく。
商店の屋根や軒先に彩られた鮮やかな花や装飾が映える頃、街道の先に城壁が現れた。店先では客を呼ぶ売り子たちの活気に満ちた声が飛び交う中、人々は何かに急かされるように足を速める。逸る気持ちが、その表情にも映し出されているようだ。
通りに溢れる人波の中、彼女は足を止めた。
「綺麗……」
溜め息と共に零れる言葉と引き換えに、澄んだ陽射しの温かな匂いが体の中へと満ちていく。
見上げた軒先には色とりどりの花が風を受け、青空を背に鮮やかさを増している。瞳を輝かせる彼女の笑顔は、空にも花にも負けないほど煌めいていた。
顔を上げて商店の軒先を見渡す彼女の傍を、急ぎ足で通り過ぎようとした年老いた男が肩をぶつけてよろめいた。
「あっ、ごめんなさい」
慌てて謝る彼女を振り返り、舌打ちした男は凄むような目で歩み寄る。いかにも何か言い掛かりをつけたそうな顔をして。
彼女に怯える様子は見えないが、困った顔で首を傾げる。
にやりと笑みを浮かべる老いた男の視界から、彼女の姿が消えた。代わりに現れたのは、彼女よりも頭ひとつ分ほど背の高い若い男。
「連れが失礼をしました」
彼女の腕を引き寄せた彼の言葉には、謝罪の気持ちは感じ取れない。至って穏やかだが、威圧感さえ覚える声に、老いた男は顔を引き攣らせた。
そして彼と目が合うと、何か言いたげに口元を動かしながら不服そうな顔で背を向けた。