第八章 蔡国の王 (8)
侍女が木箱を抱えて部屋を出ていくとすぐに、丞相が待ち兼ねていたように入ってきた。
王の部屋に入ることが出来るのは親族の他、身の回りの世話をする侍女と丞相だけに限られている。
「陛下、おはようございます。今日も御機嫌麗しいようで……」
「ああ、天気も良いしな。今日も宜しく頼むぞ、だが……気になることがある」
王は自らの冠を正しながら口を尖らせて、丞相をちらりと見た。深く頭を下げていた丞相は、窺うように顔を上げる。
「如何にも、西都殿と宰相のことでしょう。彼らは場の空気を読めないようで、全く困ったものです」
丞相は目を伏せ、首を振る。
小さく頷いて、王は溜め息を吐く。昨夜の宴での出来事を思い出したのだろう。
「今日は大人しくしてくれればよいが……最近の彼らの発言は目に余る」
「はい、彼らに酌を振る舞う侍女をつけましょう、物言う暇を与えぬように」
噛み締めるような低い声で言うと、王は首を傾げた。
「そんなことで黙らせれるのか? 彼らはあまり酒を飲まぬようだぞ?」
「陛下から下賜された酒と言えば、彼らも断ることは出来ないでしょう」
「そうか、ならば任せよう」
王は笑いながら、隣の部屋への扉を開けた。
そこは王の執務室になっている。広い部屋の扉を開けた程近くに机と、広間の玉座には及ばないが、仰々しい装飾の施された椅子が置いてある。
王が椅子に掛けると、後に続いてきた丞相は机の脇に回る。そして書類の入った箱を机上に置き、深く礼をした。
筆を手に取った王の前に、丞相が箱の中から取り上げた書類を差し出す。それに王が一筆入れると丞相が取り上げ、反対側に置かれた箱に入れる。丞相は元の箱の中から新たな書類を取り出し、王が一筆入れる。
「なぁ、北都はどうしたものか、何か良い策はないか?」
王は手を止め、顔を上げた。
顔を覗き込むまれた丞相は眉間に皺を寄せ、口を固く結んで黙り込む。彼の目を見つめたまま、王は答えを待った。
「カンエイ次第ですが、いざとなれば陛下が勅命を下すという選択肢もございます。東都殿の遺した軍もあります故……しかし問題は燕です」
「力尽くか……カンエイめ、身の危険を察して北都を占拠しているのであろう。ずる賢い奴だ」
手にした筆を退屈そうに揺らしながら、王は大きく息を吐いた。