第八章 蔡国の王 (3)
広間の列席者たちが次々と王の前に跪いて挨拶する中、二人の男が進み出た。すっかり上機嫌の王は二人の顔を見るなり、いかにも重そうな瞼をぴくりと震わせる。
そして笑みの消えた顔を強張らせ、二人を見据えた。
華奢な体格の男が西都の都督イキョウ、僅かに背の高い男が西都の都督の補佐役である宰相シュセイだ。二人は王の前に跪いて恭しく挨拶をすると、きりりと顔を上げた。真っ直ぐに王を見上げる目は酒に酔った様子もなく、華奢な体格を感じさせない力強さが現れている。
「北都の件について、陛下のお考えを賜りたく参りました。未だ北都に援軍を送ろうとなさらないのは何か策があってのことかと存じますが、ここでお聞かせ願えませんか」
西都都督イキョウは柔かだが、はっきりと力強い口調で王に訊ねた。
賑やかだった広間が一瞬で静まり返り、皆の視線が玉座の前に跪くイキョウとシュセイに注がれる。広間に居る者たちすべてが、王の発する言葉に耳を傾けている。
「その件だが、丞相らと思案しているところだ。残念ながら、まだ北都の正確な情報が掴めていない。事実を確認した上で慎重に対応を検討せねばならぬ故……」
王は言葉を濁して、丞相に目配せをする。
すると丞相は立ち上がり、イキョウとシュセイの前に進み出て一礼した。
「西都殿、これまでにも何度も申しておりますが、カンエイは燕と繋がっている可能性があるのです。しかも燕が北都都督府を占拠しているとの情報も聴こえております。我らも早急な解決をと思っておりますが、今は迂闊に手を出すことが出来ない状況だということを十分ご理解いただきたい」
二人を宥めるように丞相はゆっくりとした口調で告げ、眉間に皺を寄せて口を噤んだ。
彼らの様子を、広間の一同が見守っている。
北伐から既に一ヶ月以上が経っている。カンエイが燕と内通して東都都督を討ったこと、北都を乗っ取ったことは皆が周知している。北都奪還のため北都に侵攻した燕との大きな戦が起こるのではないか、燕と内通して逆賊となったカンエイの処分について王がどのような命を下すのか、未だ空席となっている東都都督の地位も皆の大きな関心事となっていた。