第八章 蔡国の王 (2)
「陛下の御誕生日という善き日を心よりお祝い申し上げます。陛下の御健康と蔡国の……」
「もうよい、堅苦しい挨拶など不要だ。皆、よく集まってくれた。さあ、遠慮は無用だ」
玉座の傍らの側近が広間に向けて挨拶するのを遮って、王は杯を掲げた。杯の中には香しい琥珀色の酒が湛られている。
広間の人々は一斉に杯を掲げて、玉座へと向き直った。凛とした空気に包まれた広間をぐるりと見渡した王は目を細め、大きく息を吸い込んだ。
「皆、ありがとう。今日は前祝いというが、そんなことは気にせず存分に楽しもうではないか」
一瞬にして、広間が歓声に包まれる。王は歓声を全身に浴びるように両手を上げ、満足げに何度も頷くと杯の酒を飲み干した。
今日の宴は、明日の蔡国王の誕生日を祝う宴の前祝いだ。予行演習的な宴にも関わらず本番さながらに人々は歓声と拍手を送り、広間は熱気に満ち溢れている。
王の誕生日を挟んで一週間、東都は祭り一色に染まる。王宮へと続く大通りは華やかに飾り立てられ、城下だけでなく東都全体が歓喜に包まれる。蔡国では、新年の祝賀会と同じくらい重要で賑やかな行事なのだ。
「よし、ギョクソウ、お前にカレンを娶ることを許そう」
王は程よく酔いが回った赤い顔で高らかに笑い、隣りに座る男の肩を何度も叩いた。それは濃紺色の衣に冠を頂いた若い男。
「どうだ? 素晴らしい話であろう?」
豊かな髭を撫でて上機嫌の王は肘掛けにもたれ掛かり、ギョクソウの顔を覗き込む。
「父上、飲み過ぎではありませんか、酒が入っているからといっても冗談が過ぎます」
酒臭い息を吹き掛けられても、ギョクソウは顔色を変えずに否定する。すると王はギョクソウの肩に手を回して、ぐいと引き寄せた。
「何を言うか、これほどの娘は他にいないぞ、なぁ? 丞相よ」
王が呼び掛けたのは、斜め前に座った中年の男だ。彼の隣には、先ほどまで舞を披露していたカレンの姿もある。
「恐れ多いお言葉に感謝いたします」
丞相は何度も頭を下げた。顔を真っ赤に染めているのは酒に酔ったせいか、照れ臭さからか。
「いや、私は本気で言っているのだ。カレンほどの女性を見たことはない、丞相は素晴らしい娘をお持ちだ」
嬉しそうに高笑いする王の手を肩から下ろし、ギョクソウは小さく息を吐いた。