第七章 置き去りの心 (13)
俄かに屋敷の中がざわめき始めた。忙しく行き交う複数の足音から、リョショウを襲った以外にもカンエイの部下が屋敷に潜んでいたことがわかる。彼らは門外での騒ぎを聞き付けたに違いない。
間もなく彼らは、屋敷から飛び出してくることだろう。
「リキ、早く行けと言ったはずだ、後のことは心配するな」
屋敷に残る母の身を案じるリキをシュウイが急かす。
彼の表情にはっきりと現れる切迫感。それはリキを迎えにきたカンエイの部下を振り切り、リョショウと共に逃げるようにと言った時と同じ顔だった。
侍女の衣装を纏ったリョショウは、二人を黙って見つめている。
「大丈夫だ、カンエイは俺達に手出しはしない。事を荒立てれば王が黙っていないだろうからな」
困惑を隠せないリキに、シュウイは穏やかに微笑んだ。
北都を略奪したとはいえ、カンエイは穏便に北都を治めていることを訴えようとしている。やがて自らが北都の都督に相応しいと認められて、正式に都督に任命されることを望んでいるはずだから。
しかし武力をもって強奪したとなれば、王も黙ってはいないだろう。
リョショウを匿っていたことが分かれば、彼だけでなく自分たちも危険に曝される。そしてカンエイに彼が消されてしまえば、北伐の真実を知る者が誰もいなくなってしまう。
「東都へ行け、陛下にすべてをお伝えするんだ」
まっすぐなシュウイの瞳が、リキの胸に訴えかける。それは兄の北都に対する思い。リキは兄を少しでも疑った自分を恥ずかしく思った。
「兄さん、わかりました。皆のことをお願いします」
「ハクランのことは心配するな、私が必ず守る、それにソシュクもいるのだから心配はいらない」
目を伏せるリキの肩に触れ、シュウイは静かに告げた。
その手のひらから伝わる確かな安心感。言わなくても真意を察するシュウイの確かな優しさに、リキは目頭を拭った。
「傷は右腕だけか? リキを頼んだ」
「わかった」
シュウイの差し出した左手を握り返し、リョショウは口を結んだ。ふと顎を上げて頭巾の隙間から覗いた目には、固い決意が映っている。
リョショウと共に、リキは駆け出した。
背中越しに遠ざかる剣の触れ合う音に、耳を塞ぎながら。