第七章 置き去りの心 (10)
「兄さん、分かりました。行きましょう」
凛として頷き、リキはリョショウの腕から手を離した。
これまでにも何度もカンエイに呼び出され、その度に難を逃れてきた。しかし今度こそ最後かもしれないという覚悟が、リキの表情から汲み取ることが出来る。
リキのカンエイに対する嫌悪感は何ら変わることはない。自分が行かなければという使命感と北都を守りたい思いだけが、リキの背中を強く押していた。
「何を言ってるんだ、お前が行く必要などない」
動揺と焦りの入り混じった表情で声を荒げるリョショウとは対照的に、リキは穏やかに首を振った。
「私が行かなければ、誰が北都を守るというの?」
「お前に何が出来る? ヤツの言いなりになるつもりか!」
至って穏やかなリキに、リョショウは目を見開いて詰め寄る。これまで見たことのない彼の表情からは、明らかな動揺と憤りが感じられた。今までリキが見てきた疑い深く、冷ややかなリョショウからは掛け離れた一面。
「大丈夫、必ずハクランたちが戻るから、それまでにあなたも怪我を治して」
リキは宥めるように、穏やかに微笑んだ。
「馬鹿な、本当に戻ってくると思ってるのか? 二度と戻らないかもしれないんだぞ」
吐き捨てるような言葉が、リキの胸を貫いた。胸の奥から溢れ出す思いは、確かな不安でしかない。
リョショウが言うように、ハクランが戻るという保証はない。それでも今のリキには、ハクランを信じることしか出来ないのだ。
リョショウは震える唇を噛み、拳を固く握り締めた。
「リョショウ殿、貴方の身は私が必ず守ると約束しましょう」
二人を見つめていたシュウイが、ゆっくりと歩み寄る。
「その必要はない、俺は黙ってここにいる気はない、今すぐにでも討って出る」
剣に手を掛け、シュウイを睨みつけるリョショウ目は怒りと悔しさに満ちている。その奥には冷酷さを滲ませて。
しかし今にも剣を抜こうとしたリョショウは、苦しげに顔を歪めて呻いた。リョショウの腕を掴み上げたシュウイは小さく息を吐くと、静かな声で告げた。
「今はまだ、その時ではないと言ったはず。貴方の軽率な行動で北都を危険に曝す気か?」
カーテンから溢れる朝日が、部屋を柔らかに包み込んでいく。リキの胸の疼きを癒すように優しく。