第七章 置き去りの心 (8)
息を整える間もなく、リキはリョショウの元に駆け寄った。
リョショウはリキが手を差し延べるより早く、腕を庇いながら苦しげに体を起こす。
再び傷口から滲み出した赤が、痛々しく右腕を染めているのが薄暗い部屋でもわかる。窓辺のカーテンが仄かに白み、夜明けが近いことを感じさせていた。
リキが素早く傷の手当てを始めると、リョショウは大きく息を吐いて目を逸らした。
手元が微かに震えるのを、リキは懸命に抑えようとしていた。胸の奥から沸き上がる焦りと不安。それに気づかぬ振りをしているのか、リョショウは終始無言のまま顔を背けている。
手当てを終え、リキは小さく息を吐いた。
「落ち着いて聞いて、北都の若い兵が反乱を起こして失敗したの」
気持ちを抑えながらも、リキははっきりとした口調で告げる。
リョショウは口元をぴくりと震わせて、顔を上げた。
「ソシュクの息子か?」
「ここにも捜索に来るかもしれない、すぐに部屋を出るわ、立てる?」
リキは小さく頷き、リョショウに手を差し伸べる。
その手を払い、リョショウは頼りなく立ち上がった。よろめきそうになる足を踏ん張り、平静を装おうとしているのがリキにはよく分かる。
「どうする気だ? 討ちに行くか?」
「こんな時に馬鹿なこと言わないで、早く」
床に横たわった剣を拾い上げ、リョショウに手渡す。
リョショウは痛みを隠すように、僅かに笑みを浮かべた。それはわざとらしい悪戯な笑み。リキにはリョショウが、さっきまで窮地に陥っていた事実を掻き消そうとしているようにも思えた。
「どこへ……」
言いかけて、リョショウが唇を噛んだ。手にした剣を握り直しながら、険しい表情へと変わっていく。その視線は、リキの背後に迫るものへとまっすぐ注がれている。
リョショウの視線を追い、振り返った先には開いたままの扉。
その向こうから、影が飛び込んだ。薄明かりがぼんやりと照らし出したのは、紛れも無いシュウイだった。
シュウイは二人を呆然と見つめている。おそらくリキと一緒にいるのが、思いもよらぬ人物だったからだろう。
シュウイの元へと踏み出そうとするリキを、リョショウが引き留めた。
剣を固く握り締めるリョショウの息が上がる。その顔に焦りの色が窺えるのは、シュウイに対する疑念と警戒心に違いない。