第七章 置き去りの心 (5)
カンエイはゆっくりとカクヒの前に屈み込んだ。その様子に北都の兵たちは皆、息を呑んで二人を見つめる。
「お前の娘はどこにいる?」
耳元で囁くとカクヒは顔を強張らせ、カンエイを見上げた。
いつ言われてもおかしくないだろうと内心恐れていたことだった。かねてよりカンエイはリキを求めていたが、上手く逃れていた。今回のことで再びリキを差し出すようにカンエイが要求することは、容易に察しがついていたのだ。
カクヒは答えることが出来ず、頭を下げたまま唇を噛んだ。
「お前の娘も加担していたのではないのか? どこに隠れている?」
「いいえ、娘は何も知りませんでした。突然の出来事にただ驚くばかりで……屋敷で伏せっております。今は誰にも会えるような状態ではありません」
カクヒを見下すようなカンエイの冷ややかな目つき。それは困惑するカクヒをもてあそぶようにも見える。
ソシュクはカクヒの後ろに控えて頭を下げながら、カンエイを睨んだ。今ここにはいないハクランに、胸の中で問いかけながら。
「そうか、では私が娘を預かろう。逆賊を探し出し、ここへ連れてくるのだ。そうすれば娘は返してやる」
「カンエイ殿、娘は今回の件には関係しておりません。どうぞ捜索は我らにお任せください。カンエイ殿に従う意志は、何があっても決して変わりません」
カクヒは繰り返し頭を下げた。平静を装いながらも何度も頭を下げる姿は、懸命にカンエイに許しを乞うように見えて痛々しい。その姿に刺激されて、北都の兵たちも深々と頭を下げる。
「カクヒ殿、これは取引だと言っているのだ。お前らが逆賊を匿う可能性もあるというのに、一体どう信じろという? 娘一人を私に預けることで、お前ら全員を見逃してやろうと言ってるのだぞ? 有り難く思うがいい」
もはや何も返すことが出来なかった。
吐き捨てるような言葉に怒りを滲ませるカンエイに、カクヒは肩を震わせながら頭を下げる。胸の奥から込み上げる熱い思いを抑えて。
すぐにカンエイの指示を受け、数名の配下が都督府を後にした。
「安心しろ、悪いようにはしない。私は約束は必ず守ると言っただろう? 大事な娘なのだから丁重にもてなしてやろう」
カクヒは固く目を閉じ、唇を噛み締めた。