第七章 置き去りの心 (4)
頭を下げるカクヒを下げずむように見据えて、カンエイは厭らしい笑みを浮かべた。
「私は約束したはずだ。私に従うのなら危害は加えないと……お忘れか? これはお前らの、北都軍の意志と考えてよいのかな?」
「いいえ、従う意志は変わりません。我らはただ、北都の平和を願うばかりです」
カクヒは地面に額が触れるほど深く頭を下げた。彼に続く北都の軍勢を見渡して、カンエイは満足げに大きく息を吐く。
しんと静まった都督府の庭が、緊迫した空気に包まれる。
「では聞こう、この責任はどのように取るつもりかな? これほどの騒ぎに、お咎め無しというわけにもいくまい」
カンエイは剣を抜き、ゆっくりとカクヒの方へと歩み寄る。
「私が、北都軍の代表としてすべての責任を」
カクヒは顔を上げ、声を張り上げた。
北都の軍勢に漂う緊張感を楽しむように、カンエイは剣を目の前に翳した。そして刃先を嘗めるように眺めると、ゆっくりとカクヒへと向けた。
「お前が責任を?」
カンエイをまっすぐ見上げるカクヒの視界の端に、剣の刃先が揺らめいている。
「お前はそれを望むのか? 誰か身代わりでもよいのだぞ?」
その時、カンエイの背後がどよめいた。
「何をする! 待てっ!」
「カクヒ殿! 私が!」
叫んで駆けだしたのは、カンエイに確保されていた北都の若い士官だ。彼の手には剣が握られている。後を追うカンエイの部下の剣を奪ったのだ。
彼はカンエイに向け、剣を振り上げた。
しかし咄嗟に構えたカンエイの剣に弾かれ、再び突き立てようとした剣は彼の手から転がり落ちる。彼の背後には、カンエイの部下が剣を振り下ろしていた。
「カクヒ殿、申し訳……ありません」
若い士官は膝を落とし、潤んだ目でカクヒを見つめた。
慌てて駆け寄ったカクヒの前に、彼が上体を崩して倒れ込んでくる。両手で受け止めた彼の背には生温かい感触。カクヒは目を伏せ、彼を固く抱き締めた。
「お前たちはどういうつもりだ!」
カンエイはカクヒに剣を向けて叫んだ。剣を握る手は震え、その表情は焦りと怒りに満ちている。
「全員纏めて責任を取れっ!」
「お待ちください、すべての責任は私にあります」
カンエイの荒々しい声を宥めるように、カクヒは穏やかに言った。そして抱いていた若い士官を静かに横たえ、再び頭を下げる。
その姿にカンエイははっとして、剣を下ろした。