第一章 温かな風 (6)
淡い月明かりが照らす道を、リキとハクランは肩を並べ歩いていた。戦に対する不安からか二人の口数は少なく、気怠さを帯びた足取りでリキの屋敷に向かっている。
リキの屋敷は北都都督府に隣接している。ソシュクの屋敷はリキの屋敷の隣りで歩いてほど近い距離だが、夜間は念のためにといつもハクランが送っていくことになっているのだ。
「なぁ、今日みたいなことするなよ」
ハクランはぽつりと零した。ともすれば聞き逃してしまいそうな小さな声だったが、リキの耳にはしっかりと届いていた。
「何?」
と、リキは訊き返す。
「あんな所に出てきたら、兄さんに怒られるに決まってるだろ。ちょっとは考えろよ」
とハクランは答えて視線を逸らす。その素っ気なささえ感じられる態度に、リキは足を止めた。
「怒られるために行った訳じゃないわ。私だって北都のために何か役に立ちたいと思ってるから、皆も賛同してくれたし」
下ろした両手を固く握りしめて、リキはハクランを見上げる。ハクランは小さく溜め息をついて、
「その気持ちはよく分かるけど今回は非常時なんだから、男に任せてた方がいい。それにいつも兄さんに言われてるだろ」
と、諭すように言った。
しかしその言葉にリキの表情が一変した。唇を噛んだリキの顔を見て、ハクランは慌てて口を噤んだが手遅れだった。
「男だって言っても全然頼りないじゃない! そんな人に任せていられないから私が力になるって言ってるんでしょう」
リキの勢いに、ハクランも負けずに言い返す。
「お前の言いたいことも分かるけど、こんな時ぐらいもう少し大人しくしろよ。嫁に行けないぞ」
「余計なお世話! 嫁になんか絶対に行かないから」
と言い放つと、リキはハクランに背を向けて屋敷に向かって歩き出した。
ハクランは何と声を掛けるべきか悩みながら、リキの後を追う。
気まずい沈黙のまま屋敷の門の前に着くと、リキは足を止め、
「じゃあね」
と振り向くことなく、軽く挙げた手をひらひらと泳がせた。
「ごめん。オレ、言い過ぎた」
ハクランはその手を掴み、小さな声で謝る。
するとリキはハクランの手をほどき、くるりと振り向いた。
「もういいよ。ハクランもほどほどにね」
リキは微笑んで屋敷へと駆け出していく。
その背を見送りながら、ハクランは苦笑した。