第七章 置き去りの心 (2)
カクヒの部屋で、リキは都督府での出来事を話した。カンエイに襲われそうになった時に、ハクランたちが都督府に飛び込んできたこと。ハクランと共にカンエイを追い、逃げられたこと。
部屋にはカクヒのほか、シュウイと母も曇った表情でリキを見つめている。
「お前もカンエイ殿を追ったのか? ハクランたちは、お前を残して逃げたと?」
「はい、共にカンエイを討つつもりでした。しかし軍が戻ってきたので都督府を後にしました。私は彼らとは別れて戻りました」
カクヒが訊ねると、リキははっきりとした口調で答えた。
カクヒが困惑した顔でシュウイの様子を窺うが、彼は黙ったまま窓の外へと目を向けている。いつの間にか軍勢の音は鎮まっていることから、都督府に到着しているとわかった。
「彼らがどこへ向かったのか知らないのか? 何も聞いていないのか? 最初から彼らに加担していたわけではないのだな」
「はい……私は、何も知りません」
リキは目を伏せた。
胸の中には、ハクランのことしかなかった。何故計画を打ち明けてくれなかったのか。失敗して追われる身になってしまったこと、もう二度と会えないかもしれないと思うと苦しくて再び涙が込み上げそうになる。
やがて屋敷の外が騒がしくなり、複数の足音が慌ただしく屋敷へと近付いてくる。
シュウイは部屋の扉の方を睨み、剣の鞘を固く握り締めた。
「シュウイ、待ちなさい。私が行く」
カクヒは立ち上がり、シュウイを制止した。
「いや、俺も一緒に行かせてください」
「ありがとう、私が話をつけてこよう。お前はここでリキと母さんを守ってくれ、頼むぞ」
身を乗り出したシュウイの剣を握る手に触れ、カクヒは穏やかな口調で告げた。そしてリキと母に微笑み、ゆっくりとした足取りで部屋を出ていく。
悔しそうに父を見送るシュウイの傍で、リキの胸は高鳴り始めていた。カクヒの言葉がリキに思い出させたのだ。
自分には、ここで守らなければならない人がいると。
それは捜索に向かう前、屋敷を留守にするソシュクに託されたこと。
今ここで自分にしか出来ないことは、この屋敷の一番奥の部屋に潜むリョショウを守ることだと。ハクランへの思いを胸の内に閉じ込めて、リキは顔を上げた。