第七章 置き去りの心 (1)
ソシュクの屋敷に戻ったリキを出迎えたのは、シュウイだった。シュウイは屋敷の玄関先で腕を組み、険しい表情で空を見上げていたが、全身を雨に濡らして肩を落とすリキに気付いて駆け寄った。
「リキ、大丈夫か? 何かあったのか」
シュウイは遠慮がちだが、噛み締めるように訊ねた。カンエイの元から帰ったリキの身を案じて、表情は固く強張っている。
リキは唇を噛んだ。伏せた目元から、涙が静かに流れ落ちていく。
「早く、中に入って着替えなさい」
リキの肩を優しく抱いたシュウイが、ふと顔を上げた。
自分の服が濡れることも気にせず、肩を寄せて屋敷へと促すシュウイの横顔に不安の色が滲んでいる。
着実にこちらへと近付いてくる軍勢の音はシュウイの耳にも届き、何かが起ころうとしていると察しているのだろう。それがよくないことであろうことも。
その瞬間、屋敷を揺るがす轟音に二人は振り返った。
「都督府の方か! 都督府で何かあったのか?」
シュウイが眉間に皺を寄せ、いつにも増して険しい表情に変わる。リキの肩を抱いた腕に力を込め、庇うように引き寄せた。
リキの脳裏に、ハクランの姿が浮かんだ。抱き締められた時の力強さを思い出した体が疼き、胸の奥から締め付けられるように痛む。
「東都殿捜索の軍が戻ってきた……」
と言って、リキはシュウイを見上げた。
「どういうことだ? 東都殿が見つかったのか? なぜこんな時間に戻る?」
「違う、若い士官たちの何人かが戻って……カンエイを襲ったの」
シュウイは目を見張った。何か言いたげに唇を震わせるが、言葉にならない。次第にその表情に、険しさを帯びていく。それは紛れもない怒り。
「くそっ、馬鹿なことを……何故だ! お前は知っていたのか?」
シュウイは声を荒げ、リキの顔を覗き込む。シュウイの険しい表情の中には、確かな動揺が感じ取れた。
リキは口を噤み、首を振った。胸の奥から込み上げる熱いものを抑えきれない。
「お前は、都督府で何か見たのか? 何か知っているのか?」
リキの頬を流れ落ちる一筋の雫を見て、シュウイは表情を一変させた。リキが言おうとして言えないことを覚り、そっと肩を抱き寄せる。
「ハクラン……」
シュウイは溜め息を吐いて、唇を噛んだ。