第六章 雨に流されて (13)
僅かに残ったカンエイの配下を蹴散らしながら、ハクランたちは屋敷を飛び出した。
静かに雨が降り続く中、足を止めて辺りを窺う。激しかった雨足は弱まり、既に雷鳴は聴こえない。屋敷へと押し寄せる軍勢の音は、はっきりと耳に届いてくる。
切迫した空気の中、ハクランたちは顔を見合わせた。そして無言のまま何かを確かめ合うと、軍勢と反対の方へと駆け出す。
彼らの後に続こうとするリキの腕をハクランが掴み、引き留めた。
「待て、このまま屋敷に戻れ。お前は何も見なかったんだ」
リキにはハクランの言葉の意味が、理解出来なかった。遠ざかっていく皆の方を振り返り、ハクランの手を振りほどこうとする。
「何を言ってるの、私も一緒に行く」
「だめだ、早く戻れ。お前は俺達と共にいたわけじゃない、なぁ? 分かるか」
諭すような口調のハクランの顔は穏やかだが、その手は固く握りしめたまま離れない。
確かにリキはカンエイに呼び出されて都督府に来ただけで、ハクラン達が来ることなど知らなかった。だからといって、リキには知らぬ振りなど出来るはずがない。
「ハクラン、お願い、私も力になるから」
ハクランは首を振った。
「失敗だ、ヤツは俺たちを追ってくる。必ず戻ってくるから、それまで待っていてくれ」
「嫌だ、こんな所で待ってるぐらいなら、一緒に……」
言い掛けるリキを、ハクランは咄嗟に抱き締めた。リキの高ぶる感情を静めるように、しっかりと包み込む。
「必ず戻るから信じて、耐えてほしい」
ハクランの穏やかな声が、リキの体に染みていく。
今ここで離れてはいけないという思いが、胸の奥で疼いている。もう二度と、ハクランと会えないかもしれない。
「ここでお前にしか出来ないことを……俺も強くなって戻るから。信じてくれ、俺はいつもお前のことを思ってる」
リキの気持ちを解すような優しい声。こんな時に相応しくないほどの温かさに満ちている。
縋るように回そうとしたリキの手を避けるように、ハクランは身を翻した。ハクランを追うリキの手が、虚しく空を掴む。
やがて彼の背は、暗闇の中に消えていく。追い掛けたい思いを堪えるリキの頬を伝い落ちる雫は、雨に混ざりながら消えていった。