第六章 雨に流されて (12)
薄暗い廊下で佇むリキとハクランの視界を、真っ白な閃光が覆った。
依然として雨は激しく降り続き、屋敷へと押し寄せる軍勢の轟音はもはや雨音よりも大きく耳に届いてくる。その音は二人の腹の底を響かせ、不安を駆り立てる。
二人は顔を見合わせた。お互いの顔に滲み出る不安を隠すことが出来ない。
「ハクラン」
リキが静かに沈黙を破った。
胸の奥から沸々と溢れ出る不安を鎮めながら、ハクランを見つめる目が何かを問い掛ける。
「大丈夫、心配するな」
ハクランはリキの目をしっかり見つめ、大きく頷いた。柔かな笑みを浮かべて。
リキが頷き返すと、ハクランはカンエイの曲がった廊下の角へと駆け出した。慌ててリキも、そのあとを追った。廊下の角には小さな扉があり、外へと出ることが出来る。
ハクランは扉の前で足を止めた。
そしてリキが駆け寄るのを確認するように振り返ると、力いっぱい扉を開けた。それと同時に真っ黒な視界の向こう側から、雨の飛沫が煌めきを放ちながら吹き込んでくる。
二人が目を細めた瞬間、真っ白な稲光が辺り一面をを照らし出した。
そこにはリキが住んでいた頃と何も変わらない庭。しかし今は懐かしさなどは感じられず、次第に迫る恐怖を懸命に抑えることしか出来ない。
雷鳴と雨音に入り混じる大勢の人と馬と馬車の近づく音は、思ったよりも早く屋敷へと向かっている。
不気味な音は不吉な予感を駆り立てる。
不安と共に沸き上がってくるものは、一刻も早くここを離れなければいけないという焦りだった。
「早く、ここを離れて」
リキはハクランを遮るように、慌てて戸を閉めた。
見上げたハクランは顔を強張らせ、唇を噛んだ。今はカンエイを追っている場合ではないことは、明らかだった。
「大丈夫、行こう」
ハクランはリキの手を取り、駆けてきた廊下を戻った。
その手の力強さに緊張が高まる。
廊下の角を曲がると、目の前にカンエイの部下たちと未だに揉み合う仲間たちがいる。
「急げ! ここから出るぞ!」
ハクランは仲間たちに向かって、叫んだ。
振り返った彼らが、ハクランの切迫した声と表情から事態を汲み取ることは容易だった。
「カンエイは?」
問われたハクランは、黙って首を横に振った。