第六章 雨に流されて (11)
リキの目に、カンエイの部下たちと激しくぶつかり合う北都の兵士たちの姿が映る。その中にソシュクの姿はなく、ハクランを始めとする若年層の兵士ばかりだ。
カンエイは繰り広げられる混乱に背を向け、一刻も早くこの場から逃げようと必死な形相をしている。決して逃がすまいと、リキは短剣を握り締めた。
「退け! 叩き斬るぞっ!」
カンエイは声を張り上げ、剣を振りかざす。
その声に振り返ったハクランが、リキを見つけて目を見張った。
「リキ!」
叫ぶと同時にハクランは、立ちはだかるカンエイ配下を薙ぎ払って駆け出した。カンエイは咄嗟に、リキの横をすり抜けた。リキの伸ばした短剣の切っ先をするりと交わして。
その背を追うハクランの殺気に満ちた表情は、まるでリキやソシュクら北都の兵士たちが抱くカンエイに対する憎しみをすべて背負っているかのようにも見える。
「逃がすかっ!」
リキを追い抜いたハクランの剣が、勢いよくカンエイの背に振り下ろされた。しかし剣は背中を掠め、上衣を滑り落ちていった。
カンエイは転がるように廊下を曲がり、全速力で駆けていく。
後を追うハクランとリキが廊下を曲がった瞬間、真っ白な稲光が目の前を覆った。一瞬目が眩み、カンエイの姿を見失いそうになる。
再び視界にカンエイの姿を見とめた二人の耳に、屋敷が揺らぐような大きな雷鳴が響いた。やがて消え入る雷鳴の中から沸き上がる轟音に、リキははっとして窓の外へと目を向けた。
雷鳴とは違う、降り続く雨音に混じった地響きのような音。それは確かな不安となって、リキの胸に押し寄せてくる。
「ハクラン! 待って、何かがこっちに向かってる!」
「何が?」
リキに引き留められ、振り返ったハクランは苛立ちを露わにする。しかしすぐに、ハクランの耳にも押し寄せる異様な轟音は届いた。
二人は足を止め、轟音と共に込み上げる不安に顔を強張らせる。
「何だ、もう気付いたのかよ……」
ハクランは唇を噛んだ。
悔しさを滲ませた彼の表情に覗く確かな焦りが、リキの不安をさらに駆り立てる。その間にカンエイの姿は、廊下の向こう側へと見えなくなっていった。
屋敷へと迫る轟音は、多数の兵士たちの足音であることに間違いない。
カンエイが消えた廊下の先を睨むハクランを、リキはただ見つめることしか出来なかった。