第六章 雨に流されて (10)
跪いた二人の部下は顔を見合わせた。そして互いに頷き合うと、一人が口を開いた。
「申し訳ありません! 北都の兵が屋敷に戻り、奇襲を……」
「何っ! どういうことだ!」
二人に詰め寄るカンエイは顔を強張らせ、明らかな焦りが感じ取れる。
北都の兵と聞いたリキの脳裏には、ハクランの姿が真っ先に浮かんだ。出立の際のハクランの表情を思い出すと、あり得ない話ではないと思える。
「数は? 我が軍はどうした!」
「我が軍の姿はありません……おそらく、北都の一部が密かに戻ったものと……」
「馬鹿なっ……」
愕然とするカンエイの元に、部下たちは駆け寄った。その隙にリキは、壁際の暗がりに身を隠した。
「まずはここを離れましょう!」
「分かった」
部下たちに促され、カンエイは慌てて身支度を整える。
一刻も早くここを離れることしか考えられないのだろう。もはや部屋にリキが居ることなど忘れ、全く気にも留めていない様子だ。
カンエイは剣を手に取り、部下たちと共に部屋を飛び出した。
リキは距離を保ちながら、彼らの後を追った。耳をすませると、屋敷内の怒声は次第にこちらへと近付いてくる。しかし人数は、それほど多くはなさそうだ。おそらくカンエイの部下の言うように、北都軍の一部なのだろう。
「こちらへ!」
どよめきの聴こえてくる方向を避けて、反対側の廊下へと進む。
逃げるということは、カンエイが明らかに不利だと分かっているのだろう。東都都督らの捜索にほとんどの部隊を向かわせてしまったため、都督府にはカンエイを守るべき部隊が残っていないのだ。
リキの胸に、僅かな希望の光が射し込んだ気がした。
カンエイらが、廊下の角を曲がろうとして足を止めた。彼らの後に続いていたリキも距離を足を止め、距離を保った。
二人の部下がカンエイを庇うように、前に立ちはだかる。
しかし部下らは、廊下の角から飛び出した数人の甲冑姿の兵に簡単に押し倒された。後退りしていたカンエイは素早く身を翻し、進んできた廊下を駆け出す。
カンエイはリキの方へと向かって、突進してくる。
「くそっ! そこを退けっ!」
短剣を握りしめたリキに気付いて、カンエイは剣を振りかざした。
彼の背後には、部下を倒した数人の兵が迫る。その中にリキは、見覚えのある甲冑姿を見つけた。ハクランに違いない。