第六章 雨に流されて (9)
カンエイの大きな体に押し潰されそうになりながら、リキは必死に抵抗を続けた。やがてカンエイの手が裙を掴んで滑り込んでくる。
「いや……っ」
リキが思わず声を上げると、カンエイは嫌悪に満ちた笑みを浮かべた。その目は、獲物を捕らえた獣のような悍ましさを湛えている。
リキは歯を食いしばった。渾身の力で抵抗しながら、カンエイに対する憎悪と不屈の心を奮い立たせる。
「じっとしてなさい……」
と言い掛けて、カンエイは声を詰まらせた。
顔を強張らせたカンエイの喉元に、真っ直ぐに突き付けられた切っ先。リキの手には短剣が握られ、切っ先は今にもカンエイの喉を貫こうとしている。
その先端が肌に触れると、カンエイは喉をぴくりと震わせた。
「くっ……血迷ったか……」
カンエイは震える唇から掠れた声を絞り出し、切っ先を避けるように体を起こそうとする。先ほどまでの傲慢さを失った彼の動揺は、手に取るように分かった。
「あなたは……東都殿よりも、油断を恐れるべきね」
リキはカンエイに短剣を突き付けたまま、ベッドから転がり下りた。乱れた息を整えながらも、短剣を構えてカンエイを見据える。その目はカンエイに対する憎悪が滲んでいた。
「お前は……どこまで私に刃向かうつもりだ……私を本気で怒らせたいのか」
カンエイは怒りに満ちた表情で、短剣を構えたリキの方へと近付いてくる。
リキは息を呑んだ。高まる緊張感を鎮めようと大きく息を吸い込んで、腕に力を込めて剣を固く握りしめる。
一瞬にして部屋を真っ白な稲光が覆うと同時に、落雷の地響きが足元を揺さ振った。体の奥に沁み入るような落雷の余韻の隅から、大きな響めきが沸き上がる。
雷鳴とは明らかに違う。その音はまるで荒れ狂う嵐のように、屋敷を呑み込みながらリキとカンエイの居る部屋へと押し寄せてくる。
ただ事ではないと察したリキの胸がざわめき始める。
屋敷の中を慌ただしく駆ける複数の足音と、怒声に混じった金属の擦れ合う音。
その中に、二人の部屋へと駆けてくる大きな足音がある。
カンエイが舌打ちをして振り返ると同時に、部屋のドアが突き破られるように大きく開かれた。
血相を変えて部屋に飛び込んだのは、カンエイの部下二人だ。
「何事だっ!」
カンエイが怒声を浴びせると。彼らは息を整える間もなく跪いた。