第六章 雨に流されて (7)
都督府に隣接する屋敷は、元はと言えばリキの家族が住んでいた。
かつての我が家に懐かしさを感じながら、リキは人気の無い屋敷の薄暗い廊下を進む。父の部屋であった部屋で待つカンエイの元へと。
依然として降り続く雨音が、緊張感を刺激する。リキはゆっくりと息を整えるように、廊下を一歩ずつ踏み締めた。その胸に確かな覚悟を秘めて。
「リキ殿、よくぞ参られた」
扉の向こう側から姿を現したカンエイは、不気味に笑った。
その嫌悪感に揺らぎそうになる覚悟を奮い立たせて、リキはカンエイを見据えた。
「本当に来てくれるとは……夢のようですな、こんな嬉しいことはない」
と言って、カンエイはリキの腰に手を回す。
リキが素早く避けて部屋に入ると、カンエイは静かに扉を閉めた。
部屋を見回すと懐かしさが込み上げる。部屋に置かれた家具類はすべて、父が使っていた時と何も変わらない。
すべてを奪ったカンエイに対する憎しみが、胸の奥から顔を覗かせる。
「さあ、ゆっくり寛がれよ」
席に着いたリキの前に、杯が出された。その中には深い琥珀色の液体が揺らめき、独特な匂いを漂わせている。カンエイは自分の杯にも同じ液体を注ぐと、リキの前に掲げて乾杯を促す。
リキは杯には触れず、カンエイを見据えた。するとカンエイは肩を竦め、ぐいと飲み干した。
「これは酒ではありませんか? 私は頂くことは出来ません」
「おお、リキ殿はまだ十八でしたな。これは失礼、すぐに違う物を用意しましょう」
残念と言わんばかりに顔をにやつかせ、カンエイはそそくさと立ち上がる。
「いいえ、結構です。私に話とは何ですか? 早く用件を仰ってください」
「そうでしたかな、話とか……私が申しておりましたかな?」
リキが語気を強めて言うと、カンエイはわざとらしく首を傾げて目を逸らす。
その視線の先にある窓へ目を向けた瞬間、部屋を閃光が覆った。すぐに雨音を掻き消す雷の轟音が、腹の底に響き渡る。雷鳴の余韻と入れ替わるように、激しい雨音が聴こえてくる。リキの脳裏にハクランの姿が過った。
「話など、どうでもいい」
カンエイが耳元で囁く。
凍りつくような感覚に、リキは大きく体を震わせた。カンエイは雷鳴に紛れて、気付かれないように背後に回っていたのだ。
はっとして立ち上がろうとするリキの肩に、カンエイは腕を回した。