第六章 雨に流されて (6)
屋敷の玄関で、リキは足を止めた。
暗い闇に覆われた空から降り注ぐ雨は、勢いよく屋根に叩きつけられている。屋根から滑り降りた雨は樋を流れ、玄関先の軒下の溝へと注いでいる。
ゆっくりと目を閉じて、雨水の流れる音色に耳を傾けた。
思い出されるのはカンエイに北都を乗っ取られた後、ソシュクと歩いた河原の情景。莱山を縫って流れる川の水面に月明かりが映り、ゆらゆらと揺らめいている。伸ばした手に触れた水のひんやりした心地よさ。
そして生い茂る木立の中に倒れている甲冑を纏った男。
彼なら、こんな時に何と言うだろうか。
描いたリョショウの勝ち気で無邪気な笑顔が、リキを奮い立たせる。 決してカンエイに屈するなと、強い心で立ち向かうべきだと背中を押してくれているような気がする。
リキは心に誓い、踏み出した。
すると、リキを呼び止める声。それは聞き慣れた声だが、いつもの口調とは明らかに違う。雨音に紛れ掻き消されてしまいそうに穏やかだが、低く胸の奥に響く声だ。
声の方へと目を向けると、玄関の軒下にシュウイの姿がある。
「兄さん、どうしたのです?」
驚いてリキは訊ねた。
シュウイは先ほど父の部屋にも姿を見せなかったし、とっくに部屋に戻って眠ったのかと思っていたから。
「いや、こんな雨だから一緒に行こう」
と言ったシュウイの顔が、照れ臭そうにも見える。
普段は見せたことのない兄の穏やかな顔に、リキは胸が熱くなる。てっきり自分の行為を責められると思っていたというのに。
肩を並べるシュウイの横顔を見上げ、リキはにこりと笑った。
「兄さん、ありがとう。でも大丈夫、一人で行けるから」
「では、途中までついて行こう」
シュウイは笑顔で返し、リキと共に歩き始める。
二人は言葉を交わすこともなく、ただ雨音に耳を傾けながら都督府の屋敷へと向かった。それは僅かな時間だったが、リキは厳しい兄の秘めた優しさを感じ取ることが出来たような気がした。
カンエイの待つ屋敷の門に着き、二人は足を止めた。屋敷は静まり返り、雨音以外は何も聴こえない。
「リキ、気をつけて……何もしてやれなくてすまない」
シュウイは悔しさを滲ませる。
「兄さん、ありがとう」
精一杯の感謝を込めて、リキは返した。兄の厳しさを誤解していたことを詫びるように。