第六章 雨に流されて (2)
「そろそろ、俺達のことなんか忘れてもいい頃だと思わないか? 俺なら忘れてしまうが……」
と言って口元に笑みを浮かべるリョショウには、余裕さえ感じられる。
その表情には、カンエイに見つかればどうなるかという危機感はない。それが余計にリキを不安にさせる
「誰かが言わなかったら、考えもしなかったんじゃない? 北都を乗っ取って、すっかり自惚れてるのよ。あなた達が生きてる可能性なんて、全然考えてなかったんだと思うわ」
「まったく……誰だか知らないが、余計なことに気がついてくれたよなぁ」
やがてリョショウは、白い歯を覗かせて笑いだした。
つられてリキにも笑みが零れる。こんな時に不謹慎だと思いながらも。
「アイツよりも、その誰かの方がよっぽど出来る人なのよ、きっと」
「だろうな……しかしアイツ、俺たちのことが相当怖いんだろうな。今頃びくびくして眠れないんじゃないか、小心者め」
二人は肩の力を抜いて笑い合っていた。決して楽しむべき話題ではなくカンエイに対する誹謗であったが、二人がこんなにも和やかな雰囲気で話しをしたのは初めてだ。
笑い合っている間、二人は見つかるかもしれないという緊迫した気持ちをすっかり忘れることが出来た。胸の支えが下りたように、二人は気持ちが軽くなっていくのを確かに感じていた。
「でも、もしかしたら……あなたのお父様もどこかで生きている可能性もあるんじゃない? だって、あなたも最後を見ていないんでしょう? あなたと同じように……」
リキがふと浮かんだ疑問を口にすると、リョショウは口元を震わせた。
カンエイ造反時の、リョショウの父の状況は分からない。しかしリョショウと同じように混乱で行方不明になったのなら、生きている可能性は十分あるのではないかとリキは思ったのだ。
「最後か……」
リョショウは目を逸らし、唇を噛んだ。
カーテン越しの日差しが、先ほどよりも幾分陰りを帯びている。それを見つめるリョショウの目が愁いを帯びている。
「ごめんなさい。もしかしたら、あなたと同じようにお父様も……と思って」
リキは口を噤んだ。
静けさを遮り、窓の向こう側から庭の木の枝葉を叩く音が響いてくる。
「雨か……こんな中、御苦労だな」
リョショウは振り向き、穏やかに笑った。