第六章 雨に流されて (1)
北都軍のが莱山へ出立した都督府は、人気がなく閑散としていた。
北伐の際、北都と東都の軍勢が出て行った後の都督府の雰囲気に似ている。都督府の廊下を歩きながら、リキは思い出していた。皆の無事を祈り、都督府に残されていた時の不安な日々を。
しかし、今回は違う。
ただ祈って待つのではなく、リキにはリョショウを守るという使命がある。
リキは決意に満ちた力強い足取りで都督府を後にし、ソシュクの屋敷へ戻った。
稽古場の前の縁側に差し掛かり、ふと足を止めて空を見上げる。
いつもと変わらない何気ない動作。
雲ひとつない空は深く青く、溢れるほどの日差しを受けて眩しい。
リキは目を細め、遠く向こうに山並みを望んだ。空の端には黒く分厚い雲が山並みに沿ってもたれ掛かるように覗いている。
稽古場を振り返ると、ハクランと毎日稽古に励んでいた思い出が過る。
リキは莱山の尾根を見つめて祈った。必ず無事に帰ってきて欲しいと。
部屋に入ると剣を構えたリョショウの姿。予想通りの行動に、もはやリキは全く動じることはない。
リキを見とめるとリョショウは剣を下ろし、強張った表情を緩ませた。
「私だと分かって、剣を向けたんでしょう?」
「いや、皆出ていったのか? どれぐらいの数だ? アイツは残っているのか?」
口元に白い歯を覗かせて、リョショウは笑顔を見せる。
しかし捜索のことが気になるらしい。彼の続けざまの問い掛けが、まだ何か企んでいるのではないかと疑わしくさえ感じられる。
「主要な部隊はほとんど出て行ったわ。アイツは側近らと残ってる。正直なところ無防備だけどこちらもほとんど出払ってるから、今は機会じゃないわよ」
リョショウが変な気を起さないように、リキは念を押す。言い当てられたリョショウはふて腐れた顔をして目を逸らし、無造作に剣をテーブルの上に置いた。
そして窓際へ歩み寄りカーテンに手を掛けると、
「しかし、よく気が付いたよな」
と振り返った。
真意が分からないといった顔をするリキに、リョショウは冷ややかな目を向ける。
「俺達が生きてるかもしれないって、誰が言い出したんだろうな」
リョショウの言うことも一理ある。カンエイの造反から既に一ヶ月、何を今さら恐れることがあるのだろう。